作品投稿

今月の秀作と選評




雁部 貞夫(新アララギ選者)


秀作



としえ

手のひらの桜貝は海へ投げようか今を生き抜くひとつ祈りに

たんぽぽの綿毛はいまや飛び立たん小さく揺れて次の風待つ


評)
詩的センスが発揮された作品である。



小林 久美子

足太き馬の引く馬車からころと蹄響かせ蔵の町行く

事多き五月も行きて響灘のほとりに夕べ夫と乾杯


評)
「蔵の町」「夫と乾杯」がとらえどころである。



西井

おほいなる飛球の軌跡を追ひしあとカメラは満ちし月をとらへつ

六年と言ふは尊し老人のケアせり妻はボランティアにて


評)
とらえるべき所をとらえ、表現も確かだ。



中村

梅雨入りは今日明日あたり樹々匂ふ森の上には雲三つ四つ

回転灯砂塵舞ひたつ薄闇に鋳物工場の「出鋼!」のこゑ


評)
対照的な作だが、両方とも良い。


佳作




英山

悪さして殴られしこと言ひ合ふに老先生は笑ひつつ聞く


評)
読者も共通体験があるので共感を呼ぶ。



けいこ

「バンザイ」ができたと言ひては向けられるカメラの被写体は我が家のエース


評)
結句の「我が家のエース」はまだ動くところだ。



大志

雨の雫なほ宿しゐるあぢさゐの花にクマンバチうなり寄り来る


評)
「あぢさゐ」の連作ではこの歌が一番。
「クマンバチ」の登場で実感が出た。



新緑

役所前に芭蕉の句碑と旅姿まちの意気込み心に沁みぬ

「自宅ですお疲れさま」とカーナビは所要時間も親切に言ふ


評)
この作品は秀作にも匹敵する作品だ。



石川 一成

幾度も練習重ねし口上をさりげなく述べぬ同級会に


評)
石川氏の作品ではこの作品に実感がある。


寸言


選歌後記

 忙しいひと月だったが、やっと任を全うした。よきアシスタントの働きがあったればこそだ。最終稿の段階で見ちがえるように仕上った作品、逆にこの段階で語法がまちがっている作品も散見した。勉強すること、言葉や表現のセンスをみがく必要を感じる。


                    雁部 貞夫(新アララギ選者)


バックナンバー