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今月の秀作と選評




小谷 稔(新アララギ選者)


秀作



西 井

おまる敷くと泥むに被爆せし少女ためらひもなく為すにまかせぬ
水欲れど飲ませてならず被爆者は綿棒の水を音立てて吸ふ
被爆者の遺体が艀に一杯になれば出でゆく何処と知らず


評)
作者は軍属として原爆投下直後の廣島で救護班員として活動した。六十年前の場面であるが冷静に惨状を写して救護班員でなければ把握できない重い証言の作品となっている。異例であるが三首を秀作に推したい。



新 緑 *

右左杖つく位置を思案する老人ばかりの人ごみの中
我がエッセイに奮い立ちしと歌に詠む同じ病を越えきし友の


評)
障害を克服して前向きに生きるこの作者のみずからの障害という特殊性に依存しないで詠む姿勢を今後も持ち続けて欲しい。



中 村

末期ガンの母を見舞へば濃き赤のシャツ着る我に「似合ふね」と言ふ


評)
実際を素直に写しただけのようであるが母子の涙を超えた対面がよいドラマの一こまのように目に浮ぶ。


佳作



石川 一成 *

創作の夕餉を作りて何気なく反応あるか妻をうかがう


評)
男性が厨に立つのも珍しくはなくなった今日であるがこの作は男性の厨歌として心理的な視点が独自でおもしろい。



英 山

雪降りて見なれぬ街となりし朝ときめき歩む旅人のごと


評)
この冬の記録的な豪雪に見舞われた地域の人には、のんきな作と言われるかもしれないが雪国以外ではこのような童心にかえったような詩情が雪にはある。



としえ *

母さんの自慢の娘かと問う子等は眼を開いて吾を見つめる


評)
母と娘の日常の信頼関係の深さがしのばれる作。息子は一般的にこのような問いはしないような気がする。



斎藤 茂

わが胸に優太愛実を抱き上げて来たか来たかと頬を寄せ合ふ


評)
気取らずかざらず率直に詠んでいる。女性では出せない調子もよい。



大橋 悦子 *

気がつけばわが黒髪の伸びゆきて会えぬ月日の長きを思う


評)
これははじめからよく整っていて内容も情感がこもっている。



みどり

晴れ渡る空へと駆ける寒き風わが頬掠め耳元に鳴る


評)
下句は添削が入った形かもしれませんが木枯らしを自分の肉体でじかに感じたのが特色です。


寸言


 新アララギという結社のHPなので、この結社の主張は理解して投稿されているとは思いますが、ときどきはその掲げる主張を確認しつつ作歌し投稿してほしいとおもいます。そこには「現実を直視しながら日々の生活を中心に」歌って行くというキーワードがあります。ここで何回か出会う人はたしかに歌がよくなっています。また会いましょう。


                 小谷 稔(新アララギ選者・編集委員) 


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