作品投稿


今月の秀作と選評




内田 弘(新アララギ会員)


秀作



新 緑

杖突きてエレベーターに乗る我を親子が先にドア押して待つ


評)
作者を待ってエレベーターを止めていてくれる人への感謝が素直に、さりげなく表現された良い作品だ。



けいこ

病む夫の積年の愚痴受けをれば辞書で「トラウマ」探しみるなり


評)
身近な題材ながら、切り込みに新しさが感じられる。客観的に夫との日常をさり気なく歌っている所が良い。なお、「積年の愚痴」はもっと工夫が出来る所だ。



齋藤 茂

「向ひ風体を倒せ」と大声に強く引つ張る伴走紐を
「胸をはれゴールだゴール万歳だ」われらは叫びてゴールに飛び込む


評)
臨場感溢れる作品で、一気に歌った勢いを感じさせる作品である。伴走した時の感動を一気に歌った所が良い。二首目は作品の背景は解らないが、感動がストレートに伝わってくる所を評価したい。



仲山 小百合

さまざまの姿を撮りて筑波山壁にずらりと貼りてながむる


評)
直向きに筑波山を歌おうとする姿勢を評価したい。この歌は、日常性の中での筑波山を捉えて、気持ちを込めた所が良い。自分に引き付けて詠むことの大切さを教えてくれる。



英 山

赤き実をつけたるアオキはつややかに昼なほ暗き山道に続く


評)
描写がしっかりしている。その意味で写生が行き届いていると言える。特に下句の捉え方が良い。山を実際に登っていく時の雰囲気が出ている。



石川 一成

五合目まで雪を冠れる富士山は春の日浴びてまなかいに迫る


評)
印象を率直に表現した作品で、清新な感じが良く出ている。一連は、安定した詠み振りである。確かな把握が出来た五首は安心して読むことが出来た。


佳作



新 緑

和服着て同窓会に行く妻の髪を整え娘の帰る


評)
妻と娘の交流を暖かい眼で見つめている作者の視線がほほえましい。自然体で歌っているところが良い。



けいこ

石の道に土を見つけて咲きいでしうす紫のすみれいちりん


評)
穏やかな詠み方ながら、雰囲気のある歌である。纏まりも良く、淡いが捉えるべきところは捉えている。



斎藤 茂

五分咲きの桜花のしたを優勝のメダル貰ひに前に出でゆく


評)
秀作で選んだ歌に続く一首であるが、纏まっている歌。端的に詠んだ所が良い。



英 山

春嵐吹きて草木芽吹きたり枯れ木の多く倒るる中に


評)
早春の雰囲気を捉え、破綻なく纏めたところを評価したい。



ゆ せ

酒もちてペンを持ちたる過ちよ愚痴をリズムに乗せて笑えり


評)
原作の解りにくさを克服して自責の念を一首に纏めたところを評価したい。



石川 一成

給油所は何処にありや警報の点燈せしまま高速走る


評)
ガソリンがゼロになる、という不安を抱えて高速道路を走る実感が一首を支えている。


寸言


選歌後記

歌は作者の実感が読む者にどう伝わるのかによって、良し悪しが決まると言うこともいえると思います。観念的なものに終始すれば、それだけ、説得力が薄れると言う事にもなるのです。
今月の斎藤さんの一連は、実感に溢れていました。背景が今ひとつ鮮明でない面は、ありましたが、臨場感溢れる歌い方がそれをカバーした、という事がいえると思います。一気に歌うことも時には必要です。少々の表現の瑕(きず)はさて置いて、思い切って、伸び伸びと、一気に歌うことも、時にはやってみて下さい。そうすることで、今までにない作品の広がりが出来る事もあります。
また、推敲する事で自分の作品を、他人の眼で見るということが可能になります。意外に自分の思いが伝わらない、ということに気付く事があるのです。
今月の投稿した人は、作品を良く見直し、次第に練りあげていく事が多かったように思います。これからも、推敲することを心がけてほしいと思います。
秀作、佳作、と同じ作者の作品でも分けてあげたのは、主に、表現の完成度の高さと、歌う視点の新鮮さに着目をして、選びました。


                     内田 弘(新アララギ会員)   


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