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今月の秀作と選評




倉林 美千子(新アララギ選者)


秀作



斎藤 茂

われを慕ひ入社して来し椎野君の退社の挨拶を留守電に聞く
作業着を干す休日の朝のそら飛行機雲が二筋のびゆく


評)
微妙複雑な心理がよく詠み込めている。「るす」は漢字に。
二首目、上の句の事実が下の句の平凡を救って実感がある。五首共に力ある作であった。



熊谷 仁美 *

出迎えのファミリーカーの列やりすごし一人傘さす駅からの道
出張終えオフとなる宵いつもより明るい空が迎えてくれる


評)
一首目、「列を過ぎ」であったが、このようにして採りたい。「真夜中の」の作も完成度はあるがやや類型的、勤め帰りの心情が、この二首に一層強く表白された。



英 山

青白き雪消の水のあらあらし馴染みの沢は竿を拒めり
「環境に貢献する企業」と大書せし白き看板車窓に迫る


評)
雪消の頃の沢が、作者の実際の行動を通して活写された。
二首目は「車窓に占める」では日本語にならない。大書した文字にふと関心を持った作者が見えて、現代の新しい素材としての魅力を感じた。


佳作



大橋 悦子 *

握り飯を臥せいる父に持ち行きて頬張る様を見つめていたり


評)
五首それぞれに抑えた作者の心持を感じ、表現者としての自覚がみえたが、例えば「括られし」の歌など、前を少し短くして「病室に入る」まで言ってほしかった。もう一歩の感。



けいこ

おさなごを抱きて覗く水槽におこぜは眠れり真昼のときに


評)
結句が少し不安定。「ときに」でなく「ときを」が良いか。真昼だからこその感じがよく出ている。



新 緑

寿司つくり妻の待ちいて気づきたり六十九のわが誕生日なり


評)
おめでとうございます。奥様もお元気でお幸せですね。左手の麻痺にめげず挑戦を続けて下さい。



栄 藤

少し欠けし痕そのままに古びたる弟の焼きし湯呑を愛す


評)
「やや欠けし」ではお湯が滲み出そうな感じ。ここは「少し」として、ある部分が欠けていることを明確に。五首共に、静かな整った作風。



石川 一成 *

老人は癌進まずとの噂聞き手術止めたしと言いくる友は


評)
「手術を受けなさい」と言ってあげたい気持がこの一首には充分感じられます。他、「大方の意見」などと言ってないで、「私はこう思う」と直接訴えたらどうでしょう。



小林 久美子

香たつ生の玉葱口にせり友が畑にけさ獲りしもの


評)
新鮮な歯ごたえが伝わってきます。心象詠の初句、「焦れば」がもう一歩です。頑張って仕あげてください。



仲山 小百合 *

ビート効く音楽不意に聴きたくて一人この夜聞くビートルズ


評)
こんな時ありますね。止むにやまれぬ心動きを感じさせる一首です。



イルカ

新しき家に住みつつなつかしき里の我が家は荒れ家屋となり
学園祭踊るステージに我が息子今青春の輝きの目で


評)
一寸推敲が間に合いませんでしたか。素材は良いのですが、どれも言いっぱなしのような終わり方でしょう?
・新しき家に住みつつなつかしむ里の我が家は荒れはてたれど
・学園祭踊るステージに我が息子今青春の輝きの中
ここで添削はいけないかもしれないが、一寸したことで良くなると思ったので。


寸言


選歌後記

秀作・佳作の区別はほとんどありませんでした。拝見する度に、良い作に触れることができて楽しみです。
語句の斡旋などということが良く言われますが、推敲の折に言葉の選び方、語の順序に注意してください。それだけで随分変ると思います。
一首の中にいろいろ詠み込もうとせず、テーマとなるべき素材に焦点を絞ること最も大切です。



                 倉林 美千子(新アララギ選者・編集委員)   


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