作品投稿


今月の秀作と選評



 (2006年12月)

内田 弘(新アララギ会員)


秀作




家にゐて家に帰るといふ母のまなこくもりてわれを映さじ            


評)
母の現在を捉えて、冷静に歌っている所を評価したい。直接的な言葉ではないが、、難しい題材を具体的に詠んで認知症を何とか表現をしようとしている意欲を感じる。



斉藤 茂

枕べにアルバム五冊重ねつつ今宵は亡き母の布団に眠らむ


評)
淡々と悲しみを抑えつつ、歌つたところが優れている。追悼の歌は数多く見るが、やはり、感情を具体的な動作に収斂させていくのが読む者の心を打つ。下句が良い。



吉岡 健児

笑み浮かべ葡萄摘みゆくをさなごのくれなゐの頬に秋の日の射す


評)
幼子の様子が生き生きと描写されているところが印象的である。その意味で、新鮮な歌である。「葡萄を摘」んでいる動作と秋の日が頬に射している、取り合わせが効果的であるともいえる。



新 緑

車椅子を四人の友に抱えられ高野の山の石段上がる


評)
淡々と歌っているが、良く引き締まった表現である。「車椅子」を使う作者、その車椅子を四人の友が抱えて、高野山を一段ずつ登っていく動作を歌うことで、友に対する作者の思いも読むものにも伝わって来て良い歌だ。



大橋 悦子

二十年ひとりの冬を過ごし来し父を温き上衣に包む


評)
父に対する思いが下の句で具体的に表現されて、胸を打つ。しかも、その父は「二十年ひとりの冬を過して来た」のである。余計な感情を表す言葉を用いずに一首を纏めたのが良い。



英 山

五合目より白くなりたる富士冴えて朝早き町を人の駆けゆく


評)
富士山を歌って一般的にならなかったのは、状況をしっかり捉え、焦点を合わせて歌ったからである。早朝の町を人が駆ける、という動きのある表現が生きている。



石川 一成

山辺の三輪の桧原に雲きれて鳥居のかなた二上山見ゆ


評)
着実な写生の歌で、表現が良く引き締まっている。確実に見て、しっかり表現している。



小泉 誠

歩行器に頼りてもなほ歩めぬと衰へし父を兄は語りぬ


評)
結句は物足りないものを感じるが、上の句の具体は生きている。肉親の歌は切実なるが故に、露な感情が出すぎるきらいがあるが、今月の歌は抑えた表現でしみじみとした歌が多かった。この歌もそうである。


佳作



桂 辰

ぬばたまの宵の浦賀港水の面にまつり囃子の舟の灯うつる


評)
印象的な一首。上句がもう少し緊密な表現になるともっと良い。



けいこ

朝の陽にまぶしく照りて紅葉せる矢板もみじを仰ぐ十字路


評)
纏まりの良い歌である。特に下句の引き締まった表現は魅力的である。



イルカ

初雪に歩みも軽く夜の道空あおぎつつぬれて帰らん


評)
弾むように、歌が生動しているところが特徴である。初雪に対しての清清しい気持が出ている。リズムが良い。



吉岡 健児

手水鉢の薄氷融けて映りゐる白梅の枝ほころびにけり


評)
薄氷が融けて白梅のほころぶのが映っていると言うところを捉えたのは手柄だ。



新 緑

麻痺の足湯船に揚がるを我が友に押さえてもらい浴槽を出る


評)
率直に何の衒いもなく、ずばりと、事実を歌った歌で、端的な表現が良い。



斉藤 茂

部屋すみに母の嫁入りの桐箪笥われが貰ひて取つ手なおさむ


評)
母の形見に桐の箪笥を貰った、という感慨を歌のベースにしている。結句はなくとも成立する。



英 山

歩むたび富士は影ろひ振りむけば南アルプス木の間に白し


評)
印象的な場面を切り取って歌った。「振りむけば」と転換して歌ったところが良い。


寸言


選歌後記

今月は身近な肉親を歌う歌が多かった。身近なるが故に、気持が先行して、歌としての完成度に欠けるものが多いが、今月の作品は、いずれも感情を抑えてリアルに歌う歌が多かったのは、良かった。身近なものを題材にして、歌うこと、生活の現実から歌を発想して纏めてゆくことは、とても大切なことである。
しかし、これは、難しいことでもある。漫然と歌えば凡庸な歌になってしまう。自分が思うほどに感動が伝わらない結果となる。
緊密な表現を心がけなければならない。そのためにも何度も推敲をすることは、われわれに課せられた前提であるともいえる。
今月投稿をしてきた皆さんは、真摯に推敲を繰り返して、完成度の高い歌を目指した。
これからも大いに推敲を重ね、表現を練り上げていってもらいたい。




                     内田 弘(新アララギ会員)


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