作品投稿


今月の秀作と選評



 (2008年10月) < *印 新仮名遣い>

大井 力(新アララギ編集委員)


秀作



荒川 英之 *


世の中に尽くしてほしいと孝の字を名前にいれて生(あ)るる日を待つ



評)
父親になろうとする、期待が素直にでていていい。他の四首もまた作者独自のものにしていて揃っている。今後の作歌に期待。



けいこ


幼名に名前呼び合ふ友七人やがての老いを語りて尽きず



評)
なかなか味わいのある一首。やがての老いに対しさまざまの反応があるのであろう。たのしい中のふっとした淡い寂しさがよく出ている。



まりも


抱きつかれ孫とともども転ぶとき祖母の絣の前掛け浮ぶ



評)
今月の連作から、容易ならざる少女期を送られたことが推察されるが、その祖父母への思いが、抱きついて来た孫と一緒に転びながら髣髴としてくるのか。普通の孫歌でいないのがいい。



金子 武次郎 *


四車線となりし道路のこのあたり老舗の菓子屋跡形もなく



評)
時とともに何もかも流れる。人も街も政治も官僚も言葉も文学も、老舗の菓子屋とてまた同じ。嘆きが具象化されていていい。



吉井 秀雄


咲き残る駒草の花下に見ん掴む鎖の鉄が匂へり



評)
結句の作者しか分からない感動をよく捉えた。山に挑むもののこころ躍るさまがよく出た。歌に情緒があふれているのもいい。



さつき *


晴れ渡りふたすじの雲たなびきて筑波嶺青く遠くひかれり



評)
叙景の歌が少なくなったが、その叙景歌である。今回は蝉のよびかける歌もいいと思ったが、こちらにした。捉えにくい大きい景をよく切り取った。



山本 景天


マンションのエントランスに思ひをり草雲雀鳴きゐし売りたる家を



評)
今月の一連はよく全体が引き締まったいい歌が多い。なかでもこの一首が目立つ。草雲雀は蟋蟀の一種、売られた家の雰囲気をよく伝える。そしていまマンションにそれを想起する、いい歌だ。



天井 桃 *


味噌汁と線香の匂いする家に祖母思い出す配達の朝



評)
ヤクルト配達の歌一連を推敲されるのに時間一杯骨を折る。こんなところに作者の執着を見る。私はこの作者の書き込みがあるかと夜24時まで待った。そして再終稿に出会った際、ひそかに安堵した。特にこの歌は素直にほのぼのとしていい。


佳作



英 山


女目(をなめ)岳女岳小岳に囲まるる秋田駒男岳の巌鎮まる
「づがれだ」とそろひて登りこし夫婦秋田の山々教へくれたり



評)
前の歌は叙景、後の歌は人とのふれあい、どちらもいい。作者の力量がわかる。



新 緑 *


杖にすがる吾は羨(とも)しき日に一万歩目指せる友の日焼けの笑顔



評)
これも秀逸に推してもいいレベル。いつもの素材とは言え今回の捉え方は新鮮でいい。



齋藤 茂


直会(なほらひ)に父母の好みし歌「新発田連隊歌」を兄弟にて歌ふ



評)
お寺に父母を偲ぶ歌は難しい。この歌はなぜ「新発田連帯歌」なのか作者の書き込みによりわかったが、注記なしでも揺さぶるものがほしいこの歌は線香くさくないところがいい。



は る


背の割れぬ孵り得ざりし蝉の子の葉裏に縋る涼しき朝を



評)
見慣れた点景だが、作者が骨を折ってみるべきところを捉えている。孵ることが出来ない蝉の幼虫は重い。葉はすこし垂れているのであろう。結句が定石的であったのが惜しかった。



市村 恵


寝転びて光のなかに眼閉づれば微かなる風草を流るる



評)
まだ若い作者と推されるが、若者独特の淡い感傷性と自負の思いが交錯した一連に注目。いい感性の持ち主であり、秀作に推してもいいレベルの作。言葉に独特の拘りがあるのも、個性か。いい歌詠みになってくれる予感がする。



いあさ *


浸水の車の泥を流しつつ買いしばかりと肩落とす娘



評)
この度の集中豪雨の歌一連ではこの歌がいい。作者に引き付けたのがいい。語順を改めるといい歌になる。



太 田


この朝生れし蝉の抜殻を捨てかねて胸のポケットにもつ



評)
素直な思いが出ているこの一首を推す。捨てかねるのはかすかなものへの労わりか。優しい一面がよく出ている。



仲 山 *


お向かいのホテルの窓のカーテンは今朝は止まりの客の少なし



評)
いつも推敲に手間取り、再終稿まで届かない月が多かったが今月は終稿までよく努力された。わがことのように嬉しい。引っ越された窓からホテルの窓が見えるのか。「カーテン閉ざすは」が出るといい。もう一息。この努力が必ず実ることを確信。


寸言


選歌後記

 歌を作る時、まず何を伝えたいかを考え、どう伝わるか、を考えてみるのも必要ではないか。相手はどう受け取るかは読み手次第で変化する。自分と同じこころの動きが伝わるように作ることを客観的に見る。読むほうはまた読み巧者となるよう努力しなければならないのは当然である。投稿者と評者とも一期一会なのである。


            大井 力(新アララギ編集委員)


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