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今月の秀作と選評



 (2008年11月) < *印 新仮名遣い>

内田 弘(新アララギ会員)


秀作



金子 武次郎

工場になりたる校舎に零戦の鋲を打ちせしは十四歳なりき



評)
戦時下の回想だが、端的に歌っていて、却って、戦争というものの悲惨さを表現する結果となった。「打ちせし」は「打ちし」である。そう直して、秀作とする。



荒川 英之 *


次々と箪笥の抽斗を出し入れし子は摺り足でつたいて歩く



評)
わが子の成長を具体的な動作を丁寧に歌うことで、優れた歌となった。下の句は少しくどいようだが、それだけ子に対する愛情のなせる業と受け止め、秀作とする。



太田


混み合へる朝の電車に年若き勤めに行かむ夫婦寄り添ふ



評)
都会の朝の何でもない風景であるが、一つの通勤の様子を捉えていて良い。下の句のさり気ない描写が魅力的である。



山本 景天


亡き父の写真を添へし流燈の火の小さくなりて海に向かひぬ



評)
父を偲ぶ歌。流し燈篭に思いを込めて、集中して歌ったところが良い。感情的な言葉を抑えて歌い切ったところを評価したい。



新緑


ポリープが胃腸や喉をも冒せしと痩せたる友は涙を拭きぬ



評)
病が尋常でない友の嘆きを端的に歌った。そこが、逆に悲惨さを読者にも実感させる。具体的な描写が良い。



市村 恵


和田川は井堰を過ぎて細みつつ光しんしんと水底に透く



評)
巧い歌だ。しっかりと写生が行き届いている。「光が水底に透く」と歌い切ったところが優れている。



けいこ


幼子を喜ばせむと子の借りし菜園のピーマン競ひ採りあふ



評)
気持ちが素直に出た一首。「競ひ採りあふ」という所が実際で、生き生きと表現されている所が良い。



まりも


父の日に着きし鉢植ゑの姫りんご日差しを追ひて置く位置移す



評)
気持ちの通った歌となった。父の日に届いた林檎の鉢を日差しの良い位置に移し大切にしている、その心が出ていて巧く纏めている。



吉井 秀雄


組織図を人体に例えて上司言ふ「吾は頭なりそなたらは手」



評)
上司への批判をずばりと、その言葉で捉えたところがユニークであり、異色な分野に取り組んで歌ったところを評価した。尚、旧かな遣いならば「例えて」は「例へて」。


佳作



天井 桃 *


退職の朝に英雄ポロネーズ何度も聞いて家あとにする



評)
気持ちの素直に出た歌。「家を出でたり」と表現を引き締めた方が良い。



吉井 秀雄


リストラは明日はこの身か愚痴などは吐くものか強く思ひつつ寝ん



評)
嘆きを逆手にとって、決意の歌にしたところが良い。こういう歌も、もっとあって良い。嘆くばかりではなく・・。



齋藤 茂


娘は酒好きなわが遺伝子を受け継ぎたると妻は嘆きぬ



評)
「遺伝子を受け継」いでいると、妻君が嘆く、というところが面白い。瞬間を捉えて、即座に歌ったのも、面白い。



さつき


夕暮れて虫の音ひとつ足元に立てばたちまち幾千となる


評)
面白い掴みかたで、ユニークである。一匹の虫が鳴き、たちまち、一斉に鳴く、という秋の夜を歌っている。



はる *


塀際に金木犀の散り敷きてオレンジ色となる道を行く



評)
単純に歌っているが、良く気持ちが出ている。清々しい道を作者が通っていく様子が伝わってくる。



仲山 *

通り道朝顔大きく紫に色の冴えてる精一杯に



評)
紫の朝顔の色が冴えてとても印象的だった、という場面を「精一杯に」冴える、と歌ったところが個性的だ。ただ、プツンと切れるところは工夫が必要だ。「道に」とする。



金子 武四郎


かの暑き夏の日の午後を忘れまじ直立不動に敗戦を聴く



評)
この歌も、戦時回想詠だが、巧くまとまっている。下の句がよく効いている。


寸言


選歌後記

 歌は、自分に引きつけて単純に歌う、という事でより説得力を持つ。その事を意識しながら歌って欲しい。それが、不必要な説明をせずに歌うことに直結する。何が、一番歌いたいことなのかを、自分で点検して、その上でどう表現するのか、を考える事である。「巧く表現するために」を先行させると、「歌いたい事」への点検が後回しになってしまい、肝心な事が、鮮明に表現出来ない事になりがちである。私たちは、常に心しなければならない事だと思う。また、推敲というのは、ヒントをもらったら、原作で言いたいことを、表現としてどう練り上げてゆくのか、という事なのだから、じっくりと熟成をしていただきたい。

             内田 弘(新アララギ会員)


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