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今月の秀作と選評



 (2010年1月) < *印 新仮名遣い>

雁部 貞夫(新アララギ選者・編集委員)


秀作



吉井 秀雄


電話鳴り母死に給ふ知らせかと駆け寄りてその発信地見る



評)
何度か改作の結果よい歌になった。昔の受話器なら発信地は分からないが、今のケイタイなら、分かるのだろう。そこが今の時代をあらわしている「班鳩(いかる)」の歌も、なかなか良かった。



大 田


年ふりて二人にて行く旅のゆめ厨に立ちて妻の語りぬ



評)
この初句はもっと別な表現があると思うが、このままにしておいた。内容は十分共感できる。つつましい生活の歌である。



金子 武次郎


宣戦のニュース流れる寒き朝人ら黙して焚き火囲みき(太平洋戦争)



評)
「流れる」は「流れし」とすべきところだ。下の句の場面、臨場感がよく出ている。



うてな


約束の時間過ぎゆき氷片に香り失ふアークグレイは



評)
この作も定稿に落ちつくまでに難行したが、上、下句が響き合ってよい作になった。最後のひとねばりが利いたのだ。「夜祭り」の歌もよい。がっちりした歌で、甲乙つけがたい。



福田 正弘 *


わが母は死に給いたり病室に日本百名山のビデオ残して


評)
日本百名山のビデオを亡き母が病室に残していた、と詠んで立派な挽歌となった。残された者も、時にそのビデオを見るだろうと読者は思う。そこに歌の広がり(歌は作者だけのものではない)が生まれるのだ。他の作品もしっかりしている。



勝村 幸生 *


靴底の左右の減りの大きな差ジョギングシューズにゴム張り終えて


評)
靴底の減り方が左右で異なると表現した所に実感がある。日々ジョギングに励む作者の姿も彷彿とする。「グリーグの」の作もよい。


佳作



佐藤 和佳子 *


ようやくに辿りつきたる観音寺銀杏(いちょう)の古木がしんと佇む


評)
寺と銀杏の古木がしっとりと詠まれている。もう少し多くの歌を作ると、歌にねばりや強さが生まれてくると思う。



昭 彦


明日香野に一夜宿りし窪田家の十年ものの梅酒色濃し


評)
梅酒が十年物だったという所に、その夜泊めてもらった家の旧家であったろうことも偲ばれる。農業体験の一連、共感できる作となっている。



けいこ


フィクションの愛の歌詠む吾に問ふうつつの吾の思ひ如何にと


評)
微妙な心のゆれを表現できる作者である。定稿を得る迄にいく度かの試行を要求されるだろうが、ねばり強く取り組んで欲しい。



紅 葉


「次に逢ふ日は年の暮れ」と尋ぬるきみは少し大胆になりたり


評)
けいこさんの場合と同じようなことが言える。もう少し歌を引きしめたい所だが、しかし、なかなか魅力のある作品である。


寸言


選歌後記

 初稿が出揃った時は、前途多難を思わせる作品も相当あったが、改稿を重ねるうちに一応は気にならない段階にまで修正されていったように思う。
語法上の小さなミスは最後まで残った作も散見するが、時間切れで若干見落とした所もある。各人が先人の歌集、作品を見て語句や語法の表現を会得するのが早道であろう。
 気に入った作品を暗記できる位になれば本物になる。自分の作品と他の人の作品の「ちがい」を見比べることもよい勉強になる。自分自身の作品のよしあしはなかなか自分では判らないものである。

         雁部 貞夫(新アララギ選者・編集委員)



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