作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2012年11月) < *印 新仮名遣い>

 青木 道枝(新アララギ会員)


秀作



金子 武次郎


のこぎり草群れ咲く空き地に幼な等は虫取り網を思ひ切り振る
「取れたかな」虫取り網に顔を寄せ幼な等そつと網めくり見る
夏日射す空き地に虫を追ふ子等の置きし自転車かまぶしく光る


評)
空き地に虫取り網を振る子らの様子が、生き生きと描かれた。幼い日のこころに戻って見つめていたのであろう。



ハワイアロハ *


ハイウェイを島の果てまで飛ばしゆく雨のカーテン三つくぐりて
メールにて互いの思い送り合う母は俳句に我は短歌に


評)
弾むようなリズム感。「雨のカーテン・・・」は、日本には無い感覚と言えようか。「島」とは、作者の住むハワイにて。



Heather Heath H *


藍に澄み穏やかなる吾が瀬戸内に舞い上がり飛ぶはオスプレイなる物
夕暮るる橋の上に立ち示しくれし爺ヶ岳白馬五竜岳忘れじ


評)
地元の海と「オスプレイなる物」の対比。受けた違和感が伝わってくる。自分の感覚を大切に推敲を重ねられた。


佳作



松 本


ふるさとの過疎の村にて農を守る同級生が帰れよと言ふ
ふるさとに七人となり今を残る同窓会の写真の届く


評)
素朴な詠み方の中に、ふるさとへの思いが込められる。1首目は原作のまま。「ふるさと」の連作に取り組まれた。



くるまえび *


マンザナーの霊に捧ぐる紅き花思いをこめてブーゲンビリア
西の空茜の雲に染まりつつ海鳥一羽遠く去りゆく


評)
南国の花を結句に、ゆったりと詠まれた。マンザナー収容所跡を訪れた折の歌とのこと。ハワイ在住の作者。



もみぢ


潮風の吹き入る岬の細道に石蕗咲けり黄の花群れて
白米(しらよね)の棚田見放くる庭に立ち媼の編みしわらぢ購ふ


評)
日本的な情景がこまやかに詠まれた。どちらの歌も、結句に至るまで力を抜かずに、丁寧に描写されている。



きよし *


電灯を点すことなく縁側に佇ちて暮れゆく庭眺めおり
夕暮るる路地の電線うめつくし雀のこえのしばし響けり


評)
暮れゆく時に、あえて灯りをつけずに心を向かわせた。日常の、見失いそうな時の中での、静かな発見がある。



ふみこ *


山の端に沈む夕日の朱の色ひと日終えたるわが安堵のいろ
高原のすすきが原の夕ひかりあの世はこうかと子の問う声する


評)
夕日のときを、その時のこころを、やわらかく詠まれた。2首目の「あの世はこうか」、ふと問う声が、印象に残る。



古賀 一弘


三度目の癌の告知にも怯みなし仕事に遊びに悔いなき人生
このパット絶対入れと祈りつつ八十二歳のエイジシューターわれ


評)
病と闘う“今”を受け入れながら、前向きに“生きる”姿を保ちつづけておられる。2首目、ゴルフもまだまだ現役。



まるお


購ひて拭くパソコンがパソコンに映れるわれの老いを嘆くも
二上の雄岳雌岳を目当てとし夕べの道を安らぎ帰る


評)
1首目、ふとした折の自分を客観的にとらえ、ペーソスも温かさも感じられる。2首目は、大きな視点でゆったりと。



山木戸 多果志 *


何もかも黄金色に輝いて森は夕べのひかりに満ちる
生きる日々の証に歌の詠まるるか「新アララギ」に感ずる息吹き


評)
1首目、上句を生かそうと、下句の推敲を重ねられた。2首目、「息吹き」が印象的。「歌を」を「歌の」と直した。



波 浪


結核に二十歳代を失ひて今を生きをりわれ八十五
卒寿まで生きたる父母に肖(あやか)らむ思ひ秘かに八十五歳


評)
1首目の上句は、なんとも重い。それだけに、下句の「今を生きをり」という実感が、しみじみと響いてくる。



漂流爺 *


古き家に母ありし頃の思わるる芋粥を煮る姿浮びて
芋積めるリヤカー引きて父と帰る山辺の道を月は照らしつ


評)
ありし頃の父母の姿が、しきりに呼び起こされ、歌となって生まれた。深い懐かしさは、胸の奥の痛みにも通う。



星 雲


本立てに向へばその度目に入りて未だ読まざる『平穏死』の文字
夏闌けて雑木の緑濃き山にて煙も立たずに父は焼かれき


評)
1首目、「死」のことも意識する年齢にさしかかり、微妙にゆれるこころが出ている。「向けば」を「向へば」と直した。



岩田 勇


久々に夜長を読書に過ごさむと『砂の器』の埃を払ふ
アッシーてふ言葉のふつとよみがへる三連休は妻の送迎


評)
ひところ盛んに読まれた本の題名が効いていよう。「アッシー」という懐かしい言葉も、こうして一首になるのだ。



紅 葉 *


待ちにまつ異動の内示ついに無し白米をただ噛み砕きおり
朝からの雨に煙るは油山日がな一日寝て過ごしたし


評)
率直に気持ちを詠み込まれた。1首目の下句が印象を強める。こうして歌に表現して、新たな一歩が始まってゆく。



石川 順一


雑草に混じり野生のコスモスは半円状に折れ曲り咲く


評)
下の句が丁寧に描写された。「混じる」を「混じり」と直した。「風呂」の歌にも感じがあり、遅い投稿が惜しまれる。


寸言


選歌後記

意欲あふれるご投稿がつづき、こうして実りとなって表れました。こころ惹かれる歌の数々に、選歌にも迷ったほどです。
自分の感じ方を大切に表現しようと、推敲に向かわれていた姿が印象的でした。
今月は、海外からの投稿者が二人おられました。ほんとうに嬉しかったです。私自身、アメリカ在住中に初めて「アララギ」に投稿しました。ふたりの幼子を育てながら何か表現の場を求めていた頃が、思い返されます。
また、お会いしましょう。

 青木 道枝(新アララギ会員)



バックナンバー