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今月の秀歌と選評



 (2014年1月) < *印 新仮名遣い>

小谷 稔(新アララギ選者)



秀作



ハワイアロハ


荒涼と大地を覆う溶岩の隙間に芽吹きし一本の草



評)
ハワイの火山の荒涼とした風景が新鮮。溶岩の隙間に芽吹いた草を焦点にしたのがよく、その生命力の逞しさが感動的。



みちこ


あの時の熱い気持ちは戻らずに歩き続ける晩秋の街


評)
かつての恋人から交際の復活をメールで求められて結局この作となったがそれまでの心情の起伏がよく捉えられていた。



金子 武次郎


悪性の腫瘍とう病を告げられて帰る9月の日盛りの道



評)
癌の告知を受けて帰るとき受けた衝撃を鎮めることもできない自分に容赦なく残暑が襲う。それを実に冷静に捉えている。



栄 藤


日の出づる前のひと時かがやきて空は茜の色極まれり



評)
日の出直前の「ひと時」に集中して捉えたのがよい。調べもよく張っていて下句の把握が力強く美しい。



くるまえび


故郷の夕餉支度のあの匂いハワイの路地の風に乗り来る


評)
ハワイの路地で夕餉の匂いがして懐かしい日本のふるさとが甦った。夕餉の匂いという庶民的な親しさが路地という一語に極めて効果的にとらえられている。



茫 々


光うけ漣のごとたゆたへる日光菩薩天平の文様



評)
東大寺三月堂の日光菩薩を詠む。上句の光を受けた衣の繊細な波状のリズムをよく捉えている。



蒲公英


ふたつ目の台風逸れし空のもともぎし林檎の箱積まれゆく



評)
台風が逸れた空のもとで林檎の出荷の作業をしている。天候に影響をうける野外労働の場面をとらえて特色のある作になった。



Heather Heath H


初牡蠣のふっくら白きを洗ひたり今宵瀬戸内産の吾が贅


評)
上句の牡蠣の描写がよくそして食べる場面でなく洗うという作業のところをとらえたのが独自な視点でよい。



時雨紫


君と我の思い出潜む銘柄のワインを密かに求めて送る



評)
ワインがやはり雰囲気を醸している。酒や焼酎では雰囲気がかなり別なものになる。そのへんを味わいたい。


佳作



岩田 勇


夕食は何でもいいよといふ我にそれが困るのと妻はのたまふ



評)
年経た夫婦にはよくある対話である。奥方はむしろ決めてもらうのがらく。「のたまふ」という敬語がユーモラスな効果を上げている。



石川 順一


舌先に増えゆくらしも口内炎粘膜に歯の触れて意識す


評)
口内炎という病気はどこに出るかさまざまであろうが下句のこまかい描写が実感的である。



峰 俊


寒い朝雪降る街へ飛びだして新聞を配る少年のバイク



評)
朝刊の配達は非常に早朝なので雪の降る朝のというところがとらえどころ。



波 浪


胃カメラを今年も呑まむと申し出ぬ八十六の齢を照れつつ



評)
八十六の齢を照れつつ の素朴で純なところがよい。



紅 葉


涼風の首を浚ってネクタイが欲しいと思う十月も末


評)
この秋はいつまでも夏の暑さかつづいたので「十月も末」という季節はずれとなった。



寸言


選歌後記

短歌は俳句より14音長い。長いゆえに俳句よりも多くのことが詠める と思うのは誤りです。有名な俳句に 目に青葉山ほとときす初かつお というのがあって、視覚、聴覚、味覚 の三つの感覚が詠みこまれています。
短歌ではこんな作り方は単なる羅列でダメです。
短歌はこのようにブツン プツンと区切るのでなく、一筋の線で流動的につづけます。あれもこれもではなく、一つのことに集中します。
萬葉集の歌の例、
 石走る垂水の上のさわらびのもえいづる春になりにけるかも
短歌は俳句より形は長いが内容は わらびの芽生える春になったなあ という単純なものなのです。

小谷 稔(新アララギ選者)



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