作品投稿


今月の秀歌と選評



 (2014年3月) < *印 新仮名遣い>

星野 清(新アララギ選者編集委員)



秀作



ハワイアロハ


新聞の『歌壇』を切り抜き束ね置き我の帰省を待ちくるる父
揚げ物の火を止め電話に駆け寄れば機械の声に宣伝文句
食べ頃と言いつつ友のもぎくれしアボカド入れてサラダ格別


評)
それぞれ、対象の捉え方がよく、表現も無理がない。早くから完成形に近かった。




パーティーを出でて見上げる三日月はひんやりとして夜空を照らす
駐車場に早朝に着く学生が座席倒して眠りむさぼれり
目を閉じて吹きすさぶ風の音聞けば君と別れし夜の思ほゆ


評)
何が心を捉えているのか、それがなかなか自覚できずに苦戦したが、推敲を繰り返しここに至ったことは立派。



Heather Heath H


義理本命無き身になりてただ一つ甥へのショコラを楽しく探す
バス停に隣りの若きはスマホ繰り吾は褪せたる文庫本繰る
冷蔵庫を一年占め来し従兄の米五十キロを美味く食べ尽くしたり


評)
1首目が秀逸。在職中はいろいろと悩まされたのであろう。それぞれに作者の視点が窺えることがよい。



波 浪


世を去りていますか賀状が二年来ずわれの被爆の証人の君
日本は平和な国よ町を挙げ長さ競ひて巻き寿司作る


評)
重い内容の下の句が読む者の心にひびく。個性的とまでは言えないが、2首目の着眼もよい。犬の歌もほぼ完成している。



茫 々


青鷺は醜きこゑを放ちつつ夕闇のなかに飛びてゆきたり


評)
洗練された歌となった。このように詠うためには、生半可な言葉を無闇に使わないこと。一連の「しぐれの雨のをやみたる空・・・」はよくない好例と言えよう。選歌後記に取り上げたので、その呼吸を感得してほしい。



雲 秋


爺の擦るマッチのほのほに驚きて「魔法使ひ」と六歳の孫
五十年父の育てし山深き杉の林を吾は護れず


評)
両首、作者の言いたいところはちゃんと伝わるところまで来た。



時雨紫


雨音の拍子に乗せて振り付ける杖つく母のリズム体操



評)
着眼が面白く、調子も整って好感が持てる。



岩田 勇


週五日食らひて飽かざる青魚分相応と妻はのたまふ



評)
結句が生きてよい歌になった。


佳作



栄 藤


デーサービスの医院の額が胸を打つ「一生勉強」「一生青春」
月給日にLP一枚買ふと決めつましかりけり新婚の頃


評)
老いたる今、掲げられた言葉が改めて胸に響いたのだろう。LPの歌と共に、共感を持たれるものと思う。 



ハマユウ


ジャングルジムに登って空を見上げてる幼な子を照らす薄月明かり


評)
情景が鮮明に捉えられてきた。助詞を補って採った。



蒲公英


ボルケーノ茶房の窓辺擦れ擦れに七色あわく消えゆく虹よ
雨止みて火山公園の山道の路肩の石に硫黄の匂う
渡り来る風が運ぶか硫黄の香暗き林に鳥のかげ見ゆ


評)
それぞれ、1回ごとに整ってきた。何箇所か助詞などを補っておいたので参考に。



紅 葉


ふるさとの刈田に揚がる凧高し和服姿の見上げる先に
四百字ほどの保存にしくじったことくらいですけふの出来事


評)
生真面目に情景を捉えた歌、柔軟な感性の見える歌と、両面の持ち合わせはよいと思う。



くるまえび


大正えびをくるまえびとぞ偽りて食膳に供すか老舗の店が
吾が育ちたる懐かしき台湾の友と楽しく歌詠み交わす


評)
作者のこの憤懣、多くの読者に共感されよう。次の歌、上の句の語順をこうした方が、意味が伝わりやすい。



金子 武次郎


認知症防止にクイズ解く吾に無駄なことよと囁く吾あり
簡単な数独解けず二日過ぐ老いの挑みを徒労と言うか
味よりもブランドで選ぶ食通の裏掻きにけり偽装食材


評)
それぞれ一応完成された歌ではある。が、そこで留まらず変化を求めたい。



寸言


選歌後記

  作歌の際の落とし穴

 誰もが、心に響いたものがあるから詠おうとする。ところが自らが言葉に酔ってしまい、作っている歌が本質から離れたところに行ってしまうことがある。今月の投稿歌から例を引く。

・しぐれの雨のをやみたる空鉄塔に鴉は孤りをおらびゐるなり

下の句は気持の通ったものとなったが、上の句はその泥沼。
「しぐれ」とは降ったり止んだりする雨。だから、「雨」は言わずもがなのことで、恰好よく言えたような気がしたであろう「をやみたる」なども同様。つまり、

・ 時雨るる空の鉄塔に鴉は孤りをおらびゐるなり

と歌えばよいことになる。現場を見ていない筆者の想像で初句の一案を示せば、

○ 夕づきて時雨るる空の鉄塔に鴉は孤りをおらびゐるなり

星野 清(新アララギ選者編集委員)



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