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今月の秀歌と選評



 (2014年9月) < *印 新仮名遣い>

小田 利文(新アララギ会員)



秀作



時雨紫 *


吾が庭のみかんの木より雛の声巣には黄色き嘴の見ゆ
落ちし巣を拾いて葉陰に戻しやれば親鳥間なく餌運び来ぬ
巣の中で育つ雀の雛見つつ思いを馳せぬ生まれ来る孫に


評)
自宅の庭というごく身近な世界の中で出会った出来事を捉え、魅力的な連作に仕上げることができた。一首目の下句における把握や、三首目の、雀の雛からお孫さんに思いを馳せるといった詠み方からは、作者の歌を詠む力の向上が感じられる。



ハワイアロハ *


グリーンのかけらとなりて太陽の沈みし後の金色の空
夜の海にいく度も稲妻突き刺して漁船を照らすストロボのごと


評)
二首ともにハワイの大自然を詠み、迫力を感じさせる作品に仕上がった。一首目、初稿に「グリーンフラッシュを見て」の詞書きがあり、作品の理解に役立った。上句の動と下句の静の対比が生きている。二首目、凄まじい自然の事象を冷静に捉え、作者が出会った稀な光景を描くのに成功している。



石川 順一 *


原爆忌無知で居られぬと思い立ち広島長崎を学び始めぬ
苔生える木に油蝉鳴き居りて樹液が昇る音も聞こえる


評)
一首目、作者の真摯な一面を窺うことができる一首。初稿の「原爆忌無知で居られる筈も無く広島長崎勉強して居る」から大きく変更はしていないが、理屈っぽさがなくなり、読者の心に届く作品となった。二首目、初稿は「油蝉熊蝉が居る欅(けやき)から樹液が昇る音が聞こえて」だったが、固有名詞を絞ってすっきりとした自然詠となった。対象にじっくりと向き合う作者の姿勢が感じられる。



くるまえび *


かもめ号に有明の海を眺めつつひたすら走る我が故郷へ
長崎の灯り目に沁み窓辺より眺むる故郷に心和らぐ


評)
ふるさと長崎に帰郷した作者の思いが伝わってくる連作となっている。一首目、固有名詞が生きており、「ひたすら走る」と相まって作者の心の動きを良く表している。「眺むる故郷」を「眺むる故郷に」と直してとった。「心和らぐ」という素直な詠嘆が良い。



金子 武次郎 *


徒競走出場の五人どの子等も歯をくいしばり走り抜けたり
亡き母と四十(しじゅう)年前に詣でたるぽっくり寺に独り詣でぬ


評)
一首目、「出場の五人」に初稿の「生徒は少なくとも」という説明が十分に含まれており、よりすっきりとほほえましい一首に仕上がった。二首目、淡々と詠まれた一首から作者の深い感慨が伝わってくる。



波 浪 *


両肩を腱板断裂せる妻の長き昼寝を目守りてをりぬ
貧しくて食べたる黒き麦飯の色淡きを食ふ健康の為と


評)
一首目、高齢者に多い腱板断裂の痛みで、夜は良く眠ることができないのであろうか。「長き昼寝」の妻ぎみを見守る作者の温かい眼差しが感じられる。二首目、同じ麦飯でも時代によりその背景が異なってくる。それを作者自身の体験からうまく捉えて作品となし得た。



紅 葉 *


交渉の前のひととき楽しみのきみの作りし弁当を食む
交渉に進展はなし同僚とただただ杯を重ねる夕べ


評)
二首ともに、交渉の内容を詠むのではなく、そこに連なる飲食を詠んでいて面白い。ただそこには交渉に対する作者の気持ちも重ねられており、淡々とした詠み方の中に味わい深いものが感じられる。



菫 *


右ひざの半月板に傷ありと映像見つつ医師は告げたり
太き手で膝押し伸ばすセラピスト痛みこらえる我を励ます


評)
膝の痛みは日常生活にも大きな影響を及ぼし、つらいものだ。作者は自らの病状を大げさな言葉を用いずに淡々と詠み、読者にその状況をありのままに伝えている。一首目は、初稿そのままであり、事実だけを詠んで整った作品となっている。二首目も初稿の「見守る」を「励ます」に変更しただけであり、初めから完成度が高かった。「太き手」「励ます」にセラピストの姿が浮かんでくるようだ。


佳作



まなみ *


谷沿いをバスで登ればただ一軒扉温泉の宿が佇む
林間の宿を入りきて大き窓一面に広がる楓のみどり


評)
扉温泉に行ったことはない読者にも、行ってみたいと思わせるような出来に仕上がっている。一首目、余計な説明を省いて、扉温泉の様子が効果的に描かれている。二首目、作者の感動がストレートに伝わってくる。窓一面のみどりに焦点を絞って成功した。



栄 藤


「行つてきます」「帰りました」と買物に行くにも告げる妻を恃めり
壁明るき総二階なりお隣に若い夫婦の家の建ちゆく


評)
一首目、妻ぎみの人柄と妻ぎみに寄せる作者の深い思いが表れていて、共感を呼ぶ。初稿の「行き帰りをつぶさに告げて」を具体的な台詞にしたことで成功した。二首目、「総二階」のタイプを選んだ若い夫婦にも思いが及ぶ楽しい作品。「壁明るき」が効果的。



ハナキリン *


ボランティア終わりし子らにご褒美と氷削れり店主汗して
十九時の列車の音は遠ざかり虫の音高く耳に届きぬ


評)
最終稿の三首はいずれも、今の季節感が良く詠み込まれており、爽やかな印象を受けた。その中でも取り上げた二首に作者の思いがより深く込められており、好感を持って読むことができた。



レモネード *


知らぬ間に我の背丈を追い越しし生徒の笑顔思い出したり



評)
初稿は「知らぬ間に我の背丈を追い越ししあなたの笑顔脳裏にうかぶ」で、少しの言葉の変更で魅力的な作品となった。生徒に対する作者の温かい思いが伝わってくる。「大声で笑い合ってるテーブルの隣でひとり来ぬ君を待つ」にも作者の可能性の高さを感じる。



きじとら *


丸二日床に伏しつつ時を過ごす相撲中継も十両から見て



評)
体調不良でやむなく相撲中継を十両の取組から観ている作者の様子が良く描かれている。ただ、そこに至った経過としてのパソコンの故障と修理を詠んだ他の作品を連作として一首でもあげておけば、読者の理解も大分違ったであろうし、秀作に推せる出来栄えだっただけに惜しまれる。



寸言


 この八月を皆さんとともに短歌作成に真摯に向き合えたことは幸いであった。今回は特に自然詠に優れた作品が多かったように思う。自分以外の方の作品や、他の欄にある作品にも目を通し、表現力をさらに磨いていただきたい。また次回、お会いできることを楽しみにしています。

小田 利文(新アララギ会員)



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