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今月の秀歌と選評



 (2016年9月) < *印 新仮名遣い

小谷 稔(新アララギ選者)



秀作



ハワイアロハ *


水平線にかかる真夏の太陽を横切り船は黄色く溶ける
プルメリアの香のする夜道を散歩する速歩に息の荒くなるまで


評)
いかにもハワイの海の日没。下句の船と色彩の動的な描写がとても効果的です。色彩のあふれた油絵を見るようです。二首目の花の香りも日本から見ると異国的な雰囲気です。下句の「速歩に息の荒くなるまで」という具体的な呼吸をとらえて臨場感があります。



金子 武次郎 *


逝くと言う旅の行方を知らぬまま旅支度もせず八十を過ぐ
いま一度手を振り散歩する願い叶う日ありや八十の身に


評)
終活 という言葉もあるようですが、行方のわからない旅なので対応する支度も分からずその日を待つ。どんな日がくるか、それを穏やかに迎えたいものです。老いの心境の深さが滲んでいます。二首目、歩くという当たりまえだったことが切実な願いになる。それが老いというものなのですね。



時雨紫 *


楽しみにわが退職を待ちいしか夫の注文日ごとに増える
ついに来ぬ「週に一度は僕の番」と減塩に飽く夫の申し出


評)
長い勤めを止めた直後の夫婦の心理、行動の変化がこまやかに的確に表現されています。女性である作者がとても冷静で客観的に夫を見ているのはやはり外で長く勤務し自然に身についたもので一種のユーモラスな感じも生まれています。



まなみ *


ガレージに衣類と雑貨が山となり汗拭いつつ値札をつける
値切りまくる客を相手に交渉する技も覚えぬセール二日目


評)
ガレージセールを実際にやったという体験がいきいきと現実感を出しています。仲間と一緒なので明るい行動力が出るのでしょう。やはり行動すると感性も活性化するようです。



夢 子 *


ラッキーと一緒に目覚める良き朝の血圧は120と60
何でまた犬の皮など着ているの話し合いたい事もあるのに



評)
ペットの歌は甘くなるので要注意の材料ですが血圧で気分の良さを表している着想が独特です。二首目ともとらえどころが独自でペットの歌として成功しています。ペットは孫歌と同じくひとりよがりの溺愛に陥りやすいので要注意です。



鈴木 政明 *


星見えぬビルの谷間を帰りつつ稲田の匂う故里想う
全力で生き来し吾か狭間田の月下の蛙は懸命に鳴く



評)
農村の出身者にとっては大都市の環境は全く異郷異国の感じです。ビルと稲田という対照的なものが効果的に生かされています。私も農村の出身なので共感しています。


佳作



省 吾 *


娘には世話にならぬと妻言えどなってもいいと吾はつぶやく
親を看る吾らを老々介護とは若いつもりで反発したり


評)
老後をどうするか、だれにとってもやがては迎える深刻な問題ですね。奥さんのほうが気持ちが強く男性の作者のほうが気弱に見えてそこに素直な本心が覗いて好感が持てます。



紅 葉 *


出張の課員を送る猛暑日の事務所に吾は一日過ごさん
当選に一歩届かず元上司「本質を言え」が口癖なりし


評)
この作では課員はまだ出張していない時のことになるが「課員送りし」としたほうが下句が生きるでしょう。二首目、元上司は本質を言っても票にはならなかったか。選挙を材料にして内容に特色があります。


寸言


今月では時雨紫さんの作品が「退職後の妻」という点で印象的であった。主婦専業では見られない生活感が見られるのはおそらく外での長い勤めをしたので夫を客観的に見る眼が自然に養われたのかと思う。短歌もそんな微妙な感情を表すもので、これは技巧的に意図したものでなく自然に表現されたもの。これも生活から生まれた短歌のおもしろさである。
小谷 稔(新アララギ選者)


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