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今月の秀歌と選評



 (2018年1月) < *印 新仮名遣い

米安 幸子(新アララギ会員)



秀作



くるまえび


癌告知受けて日ごとに弱る身もリハビリ励み望みすてまじ
いかばかり残る命や尚生きて東京オリンピックこの目で見たい
久々に帰国したれば電車にて立つも座るもみなスマホ


評)
ハワイ在住の作者。五首それぞれに言い得ていて注目した。中でも自薦の三首が秀逸であり作者の力をも感じた。この心意気とともに日々お大切にと願う。



コーラルピンク *


「宿題を見ちゃるけ来いや」娘に言いしマスターいずこ店をたたんで
幼(おさな)なりに自我ぶつけ合い傷つくを黙って聞きつつワインをあける


評)
まだ幼い娘に、「宿題をみてあげるからおいで」と言ってくれたマスター。その背後の情景まで雰囲気を伴って伝わる。二首目も、悔しかったことを子は言い募るのであろう。すぐには言葉を挟まないで全身で感じ取っている。ワインのもたらす好作用もあろうが、子も話し易いのだきっと。「傷つくを」は、「傷つきしか(orしを)」にしたい。



中野 美和彦


三国神社の槻のもみじの散る下に亡ききみ来り笑まふかと立つ
槻の樹の落葉せる道きみとふたり語らひ歩みき乳母車押して


評)
落葉の季節になれば蘇る感懐であろう。二首とも今は亡き人を具体をともなって追慕しやまぬ作者。きみが妻ならば妻と直截な表現を。



文 郁


冬の夜の終電の汽笛遠ざかり訪ふこともなき故郷偲べり
冬に入る利休鼠の能登の海激しく岩打ち波の花散る


評)
能登が故郷らしい。冬靄に遠ざかる終電の汽笛や利休鼠色の海が思い出されて何とも言えない郷愁にかられる作者。年と共に、故郷恋はふかまるばかり。共感します。



鈴木 英一


いつまでも見送りくれし亡き母の小さき姿夢に顕(あらわ)る
朝早く西より急ぐちぎれ雲下弦の月もいそぐがに見ゆ


評)
二首とも一度は詠みたくなる感懐であり情景です。時間いっぱいの推敲をかさねられた。歌の配置によって、相互に引き合う言外の抒情がうまれることもあります。



かすみ


石段を上れば今も茅葺の高き屋根保つ浄蓮寺あり
刈田越え月の白きは夕焼けの残る地平にぽつねんと浮く


評)
高く葺きあげられた茅葺の屋根が今も保たれているみ寺浄蓮寺。その感動を詠まずには居られなかったと言う。素直に気持ちの伝わる作品となった。二首目、広々とした景を上手くとらえて何とも言えない風情がある。「お月さんこんばんは」と声を掛けられたかもしれない。



ハワイアロハ *


ライフルの事故に逝きたる我が生徒ここヘイアウに彼の声聞く
ハワイ便の後方に汗の臭いさせ学生服の団体眠る


評)
ヘイアウはハワイ諸島における宗教関係の建造物遺跡群。犠牲者となったかっての生徒に呼びかけられた思いに佇むのでしょうか。二首目はある日の機内での嘱目。汗の臭いをまとう学生服の一団は、恐らく日本の高校生達であろう。教職にある作者らしい嘱目詠。



紅 葉 *


今週の予定は組まず診断士の通信教育の教材を待つ
トランプの去って警戒解けし東京の霊南坂を散歩してみる


評)
詠みぶりのぎこちなさが個性かもしれない。今少し、読者への歩み寄りを期待する。


佳作



たかし


満天星の紅葉散りそむる枝先に赤き冬芽の角ぐみてをり



評)
美しい色彩に心をとめた連作から、とりわけ紅葉の美しい満天星が真っ赤な冬芽を持つことにも目をとめたこの一首が素直に詠めていました。



あきら


海鳴りのとどろく荒磯の花海桐(はなとべら)風に殻裂け赤き種子見ゆ



評)
聴覚視覚の働きによって印象的な歌に仕上がりました。



来 宮


不意に来し時雨降る街足早に人は過ぎ行く我を尻目に



評)
声にだすだけで哀調おびたシャンソンを思い起こさせます。



夢 子


太陽に我が腕かざせばさざ波の如き小皺の目に立つばかり



評)
正面から堂々と詠んで暗さがないのがよいと思います。



原 英洋


両輪を交互に動かし後ろ向き車椅子にて診察室へ



評)
何ということもないようであるが、後ろを確かめてから車を進めている。そこに作者の心配りをみる思いです。



つはぶき


ひむがしの山より弧を描く二重虹もやに朧となりゆくに遇ふ



評)
歌のスタイルをすでに心得た作者。今を生きる人たちの作品にも学び歌の領域をひろげてみましょう。



時雨紫


亡き父の愛飲せし味醂琥珀色口に含めば和み膨らむ



評)
亡き父愛飲の味醂が琥珀色になっているところに心をとめて特色があります。結句に再考の余地ありでしょう。



美藤 咲恵


笑顔もて友と語らい下校しおり勉強不得手な孫も一緒に



評)
何かと気にかけている孫が、友らと笑いながら下校するところ。安堵する作者が見えて共感をよびます。


寸言


 歌の根本として

「感動のありのままを飾らずに声に出せば聞くもの(読む者)にも同じような感動を必ず惹き起こさせる」と学びます。理解されたい一心に諄くなったり、字面を飾りたくなったりして、ともすれば、感動の本質から遠ざかりがちになります。それに気付かせてもらえるのは、よき指導者であり仲間たちと顔を合せながらの歌会です。

米安 幸子(新アララギ会員)


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