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今月の秀歌と選評



 (2018年12月) < *印 新仮名遣い

内田 弘(新アララギ会員)



秀作



山水 文絵 *


縦走せし燕(つばくろ)岳より常念へ前行く人を夫と決めき


評)
回想の歌なのだが、作者にとっては忘れる事の出来ない大切な内容である。下の句が特にさらりと詠っているが、良い。なかなか情感もあって、巧みな歌である。



時雨 紫 *


臍の緒に絡まれて孫は遠慮げに産声を上げいま誕生す


評)
「遠慮げに」と言う所に作者の思いがある。いじらしい思いで、孫の誕生に直面している。本来ならば臍の緒に絡まれていれば心配なのだが、辛うじて産声を上げている様子が伝わって来る。



ハワイアロハ *


認知症の父は起こさず部屋を出る母の危篤の電話を受けて


評)
正に現代の避けて通れない現実なのである。それにしても、認知症の父上には言えない。危篤の母上の電話を受ければ、一瞬、戸惑う事だろう。冷静に詠って、却って思いの深さが伝わる良い歌である。



夢 子  *


苗木より息子の育てし杉の木は我が家の庭のクリスマスツリー


評)
息子さんが小さい杉の木を大切に育てて、大人になった今、立派なクリスマスツリーとなった。お子さんの成長と杉の木の生長が重なって良い効果を与えている。



中野 美和彦


暮れてゆく雄島の海の夕影を集めて輝く石蕗の花



評)
印象的な場面を切り取って巧く纏めた。「夕影を集めて輝く」という描写は新鮮で巧みでもある。石蕗の花がより一層印象深く受け止められる。



つはぶき *


ローズ色の形見のベストを着て映し鏡に見入る姉を感じて



評)
お姉さんはもういないが、形見のベストを着て鏡に映ると、まるでお姉さんが彷彿と蘇ったように思える、と言う歌で「ローズ色の形見」も一首のなかで良く収まってる。


佳作



鈴木 英一 *


振り袖は孫にきついか眉ひそみカメラに向かいては笑顔を作る


評)
お孫さんの表情が生き生きと捉えられていて好感が持てる。本当は普段、着慣れていない振り袖は窮屈なのだが、カメラには笑顔を作って見せる、というお孫さんの愛らしさが無理なく出ている。



紅 葉 *


切る音の部屋に響いてわが父の爪をくまなく切り揃えたり


評)
お父上が入院していて、看取りに付き添いをしているのであろう。夜なので部屋に爪切りの音が響いて、他の人たちに気を遣わねばならないのだろうが、隈なく爪を切り揃えたい、という、父上に対する思いが具体的な爪切り、と言う事に出ている。



太等 美穂子 *


この冬の降雪は遅く大根をあらう手は心地よし冷たくなくて


評)
一年間、農作業をし、秋の収穫を迎えた。毎年の事だが大根を洗い、出荷する時期は初冬の寒い時期と重なりそれは結構大変な労働であるが、今年はあまり寒くないし、水も冷たくない、有り難い事だと感謝しているのだ。



文 雄 *


戦争の時代疎めど大方はわれ結核を患いていし


評)
結核を患い、戦争に明け暮れていた時代を過してきた。何にもまして戦争は全てを不幸にする。その意味でも疎んできたが、かくいう作者は病身で、戦争に直接かかわる事はなかった。複雑な気持ちもこの時代にはあるのであろう。



かすみ *


朝寒く白湯に浮かべし柚子香り今年もたわわに庭に実りぬ


評)
爽やかな一首。柚子の香りがする庭、そこから採ってきた柚子を白湯に浮かべると何とも言えない香りがする。
あたかも、庭にたわわに実っている柚子そのものである。



はずき *


新しきレンズに変えし我が眼鏡割引なしでも注文をする


評)
割引の宣伝が眼鏡屋にはあるのだが、レンズを変えた今は、安い物と変えることは出来ない。いち早く注文をして、眼鏡を確保した、という歌で、微笑ましい思いが醸し出されている。



菫 *


帰省せぬ子に会いたくて混み合えるエアーポートに搭乗を待つ


評)
仕事の都合などにより、帰省することが出来ないお子さんを思って、それならば私の方から会いに行きましょうと言う事で、混み合う空港で搭乗を今か今かと待っているという優しい気持ちが溢れる歌である


寸言
 今月も又、秀作と佳作の差は殆ど無かった。気持ちが出ている歌は、優先的に取った。作者を巡るさまざまな事柄から、詩を見つけ出して、効率よく纏めて一首にするのは、かなり難しい事だ。構成を巧く遣らねばならない。今月の皆さんの歌を見ていると、足が地についている感じがした。無理なく感情移入をしている。スムースに一首の流れの中に溶け込ませていた。これからも、等身大の自分の発想から、作品を纏めて欲しい。

 

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