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今月の秀歌と選評



 (2023年5月) < *印 旧仮名遣い

大窪 和子(新アララギ編集委員)


 
秀作
 



芍薬と牡丹の見分け問ふ妻の背に答へつつ押す車椅子
木枯らしに妻のひざ掛け直しつつ車椅子押す道に山茶花


評)
奥さんの車椅子を押していく現実がありありと伝わる。二首共に上の句の具体的な内容が深い愛情を感じさせて感動的。結句が二首とも体言(名詞)どめになっているが、どちらか動詞で止めたほうが収まりがいいと思う。「‥車椅子押す」と。
 


はずき

四年振りの世界に名高いフラ祭りチケット完売ヒロは賑わう
トロフィーをめでたく手にしたミスフラの優雅さ愛嬌輝く若さ


評)
楽しい歌。メリーモナークというフラダンスの祭典を詠む。この時期のハワイ島の 高揚が生き生きと感じられ、二首目の下の句、ミスフラの表現は圧巻である。
 


夢子

惹かれしは戦後の日本の暗黒に光をくれしよき日のアメリカ
すんなりと受け入れ兼ねし「さようなら」もう一度だけ振り返ってと


評)
原爆投下の惨はいつまでも心に消えることはないが、一首目のような現実があったことも事実である。ララ物資という支援物資が庶民を支えた。それも忘れないでいよう。二首目は人生に何度か訪れる別れのかなしみをやさしく詠っていて胸に沁みる。
 


紅葉

出勤もやむを得ないか手つかずの仕事があれば気が気ではなし
振り込んだ手続き書類を書留で送れば首に痛みのいでる


評)
コロナ禍で進んだリモートワーク。しかしリモートばかりでは上手く行かない仕事の実態が結句に実感として表されている。そして忙しく暮らせば思いがけない痛みが身体に・・  慌しいサラリーマンの日常がうまく描かれた。
 


ゑま

アルバムの「ママの言葉」に母の文字「優しい人になってください」
実はまだ生きているという母の夢を見るたび遠のく現の哀しみ


評)
亡くなったお母さまを偲ぶ歌。一首目の下の句、しみじみと思いが伝わる。二首目は夢の中で何度か母と出会っているうちに現実の哀しみから少しずつ立ち直って行くという個性的な表現が味わい深い。
 


はな

奉納の絵馬の白馬よ綱切りて放ちやりたし春野の中に
谷の棚田に水満ち満ちてこの夕べ蛙の声の響き始めぬ


評)
絵馬に元々描かれている白い馬に注目した作者のユニークな感性がやさしい。結句「春野の中に」生きている。二首目は季節の移り変わりを詠んで、みずみずしい。
 


早雲

熱燗に河豚の燻製食らってはちびりちびりの季節遠のく
スマホには嫌悪の母も手にすればお守りの如く肌身離さず


評)
男性的なくだけた表現に魅力がある。季節がやってくるのではなく、「遠のく」というのも面白い。二首目は高齢者にありがちなこと。実感がある。
 

佳作



原田 好美

空青く吸い込まれそうな富士聳ゆ花びら模様の雪形見せて
今年から地図を学べる孫とする県の形を見て取るカルタ


評)
富士の秀歌を詠むのはなかなか難しいが、下の句の「花びら模様の雪形」は見どころ。二首目は地図を覚えるためのカルタとりが面白い。それをお孫さんとする。現代の小学生の教材に触れたところが楽しい。
 


黒川 泰雄

通学路は建前と知る小学生下校の時は近道ばかり
細菌はラジオ体操の婆さんにベンチ取られて路頭に迷う


評)
近道や寄り道は危ないところも通るのだろう。今も昔もとという感じの通学風景が面白い。二首目の結句「路頭に迷う」は文字通りのユーモアに思わず苦笑させられた。
 


鈴木 英一

公園の広き芝生に風光り幼稚園児ら蝶の舞うがに
高き木を覆いて垂るる藤の花薄紫の房を束ねて


評)
春の光りのなかで遊ぶ子供たちの姿がありありと見える。結句の比喩も際どいが生きている。二首目、山野に咲く藤の花は見事である。結句「房を束ねて」に実感がある。
 


時雨紫

手術室の鏡に写る我が顔は痛みと不安に歪み翳れり
一瞬に瞼に刺さる麻酔針飛び上がりたき痛みに堪う


評)
物貰いを患ってしまった作者。一首目の鏡の中の顔も、二首目の麻酔針を刺される瞬間の痛みも実感がこもっている。 
 


大村 繁樹

九頭竜川入りゆく荒磯に大波の絶えず轟き響み立ちゐる
九頭竜川河口の夕暮れに憧れし幼き夢は今に続けり


評)
九頭竜川の歌をこれまで作者は沢山つくっているので、よほど変化を付けないと面白い作品は生まれない。二首目は作者と九頭竜川との精神的な繋がりが感じられてよい歌になった。
 


はるたか

われを看て家事こなす妻は八十四せめてこの日も晴天であれ
夜中覚めて妻の静かな寝息聞きさまざまのこと思いていたり


評)
奥さんに感謝する優しい歌なのだが、一首目の上の句、二首目の下の句に具体的な表現がほしい。「家事」とは何か、「さまざまのこと」とは?一くくりににせず、事柄を入れると歌が生き生きする。もう一歩というところ。
 
 
寸言

 新型コロナの扱いが5類となり、感染も治療も自己責任ということ、マスクの着用も自由となりました。電車やバスの中ではまだまだマスクの人が多いけれど、このホームページからはすっかりコロナは抜けたようでうれしかったです。今月は優しい日常詠が多く、心が温まりました。
 しかし一たび目を転じるとG7サミットに参加されたゼレンスキー大統領、その背後に見える過酷なロシアの侵攻。核抑止の問題。様々な課題がわれわれに突きつけられています。詠むべき素材はそこにもあるでしょう。
 短歌は人の心を写す詩形です。心動かされるすべて事柄に目を向け、それを掬い取って歌を作って行きましょう。
           大窪 和子(新アララギ編集委員)

 
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