短歌雑記帳

「歌言葉雑記」抄

汝逝かば

 NHK学園の通信教育の一つに短歌講座がある。先般私はその機関誌の「短歌」の23号に頼まれて「紙上添削」という文章を書いた。その中に今岡小十郎(71歳)という人の

  汝逝かば翌日われも逝きたしとつぶやく妻も七十路近づく

を取りあげ、「汝(なれ)」とは誰のことかと思ったら、妻に対する夫、つまり作者のことで、それはとても妻が夫に言う言葉遣いではないと批評した。そして作者の記した作後感という欄に「父さんが死んだら翌日わたしもすぐ死にたいと妻が言っている」とあるのにもとづいて、

父さん死んだら翌日わたしも死にたいとつぶやく妻よ七十路近づく

と添削しておいた。妻の言葉をそのまま生かすほうが、この場合はいいと考えたのである。

(「七十路」という用語に異論はあるが、ここはあえて見のがした。)

 すると拙文を読んで、日野市に住む長谷川清侯という人より通信があった。この人は青森と秋田のNHK局に長く勤務した由で、津軽地方では、二人称にあなたとか君とかを使うのは、戦後生まれの者がよそ者に言うだけで、お互いには「汝(な)」と呼びあう、それは夫から妻、妻から夫に対しても同じであり、今の五十代から上の人々は何の抵抗もなく日常的に「汝」を使用していると教えてくれた。そして上の歌の作者も津軽の人ではないのかと言うのである。私はなるほどと思い、なお青森市に住む友人にこの点につき質問したら、昔は言う人もあったが、今は殆どこの「汝」は使われないという返事が来た。しかし上の歌の作者は、確かめてないがやはり津軽地方の人で、日常の言語生活に基づいて、あるいは地域の歴史的言語環境によって、実際には「父さん死んだら」と言われたにしても、歌言葉としては「汝逝かば」と表現してしまったのではないかと思われる。この場合の「汝」はナではなくナレであるが。

 そこで思い出されるのは、古事記の歌謡に、大国主の命に対し妻の須勢理姫の命が「汝(な)こそは男(を)にいませば」「汝を置(き)て男はなし汝を置て夫(つま)はなし」というふうに「汝」と呼んでいることである。また万葉集でも坂上郎女が藤原麻呂に対して

  千鳥鳴く佐保の川門(かはと)の瀬を広み打橋渡す汝が来(く)と思へば  <528>

と詠んでいることだ。坂上郎女には

  汝(な)をと吾(あ)を人ぞさくなるいで吾が君人の中言(なかごと)聞きこすなゆめ
<660>

というのもある。ここに言う「汝」は、あなたという尊敬語であって、男性をお前呼ばわりしたのではない。それが古い用法であった。それがみちのくの果てに残ったとすれば、「汝逝かば」という言い方は、なかなか貴重な尊い表現なので、私の添削はとにかく不用意であった。
                             (昭和62・3)

          筆者:宮地伸一「新アララギ」代表、編集委員、選者


寸言


わかるように

 歌集『草の露』(現代歌人叢書6・昭和58年3月・短歌新聞社)をたまたま手に取って、目にとまった歌を抽いたのが今回の先人の歌。作者の吉田正俊は、昭和後半のアララギを代表する歌人の1人で、深い味わいを湛えた歌を詠むと言われた人だ。

 今月繰り返し私が述べてきた「実に即して」や「わかるように」ということの、実作例になろうと思って抽いた。これらの歌に、作者の心情にふれるものがあることもご理解いただけるものと思う。

 言葉を飾り立てず、平明に表して味わいを湛える。それは修練を積んでこそでき得ることではあるが、お互いにより高いものを目指していきたい。



                      星野 清(新アララギ編集委員)


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