短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


伸びし白き口髭切ると病む父の傍に鋏をあたためて居り
                   宮本 千代子
愚かしきもの愚かなるゆゑ憎みまどかなる生は吾にあらぬか
                   金石 淳彦
花山の峰を見おろしくだり来てくだり極まるはての湖
                   古谷 竹子
雨やみてしづかに昏るる冬の街潮(うしほ)の匂ひいつよりかして
                   成田 小五郎
指先に乾きし糊を剥ぎ落すかかる淋しき勤めを妻は知らず
                   松井 諭三
危きを避くる怯懦も身につきて頭禿げ始む病み臥るまま
                   若木 規夫
くれなゐのハワイの蘭もひとり見てひとり歩けば寂しき東京
                   猪原 雄二
或る夜われのこころみだれて破りにき白き襖が今日かへられぬ
                   北村 青吉

 かような作品はー其の二選歌欄から好みに従って任意に抜いたがー現実に密着しつつ、己れに即した静かな詠歎があり、よい意味での技巧も行届いていて幅あり厚みある格調を成している。あまり細かいことを穿鑿せず要求水準を極度に高めないならば、まず選歌中の秀れた部類に属し、かなり驕りに長けた鑑賞者の眼にも堪え得るものではあるまいか。そうして些か手前味噌になる嫌いがあるけれどもこの程度の部類に達した作品が、毎月少数でもきまって見られるというのは、他へ向って自負してよい事のように思われる。

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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