短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


アララギの癖ですと何か言ふ声の(あと)ききて我は這入りゆくべし
                   西本 篤武

 会合か何かの席へ出ようとすると「そこがアララギにゐる奴の悪い癖なんだよ」などと自分を批評する声が聞える。もう少し後を聞いてやれと、きき耳を立ててゐるといふ場合を歌にしたのだろう。省略した表現の中に自らユーモアも湛えられている。

警察署長といふ肩書の消えてより米と密造酒はいつでも買へる
                   矢吹 静男

 ここへ来ると皮肉な苦笑いとなり自嘲ともなり、風刺の色も濃くなって来る。作品として訴えるには句法が粗雑でこれではまだ弱いが。

医療券打ち切られし君が退所する此の療養所には空ベッド六十がある
                   新井 芳雄

資本家共に荒らさるる漁場守らん陳情漁民を暴徒の如く警察が追ふ
                   明神 正春

 この線に沿った、社会の不合理を怒る批判の声は、毎月多い。不満をわずかに作歌に依ってまぎらわすという場合も多いだろう。この程度ではもの足りないとは思うが、歌う事自体に意味があるともいえるだろう。

暴行され死にし「由美子ちゃん」よ全琉球の悲しみの中に初七日すぐ
                   天久 佐信

 作者は「沖縄人」である。この事件が東京の新聞に載ったかどうか知らないが、私はこの歌によって始めてこういう事件が海の彼方の島あった事を知った。選に入らなかったが、他の沖縄の作者にもこの事を取り上げたのがあったようだ。作そのものよりも、歌の内容(わずかに想像できるだけだが)によって、心を留めた一首だった。歌にはそういう性質もあっていいのだと思う。

昭和三十一年二月号 その四

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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