短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


くらみゆく勾配線のさびしさに耐へなむとして汽笛をならす                   福田 貢

 機関士としての特殊な感情を詠んだものであるが、歌としてはきわめて理解しやすい。「さびしさに耐へなむとして」は言い過ぎのように見えても、ここは一首の支えをなす重要な句であって、このままでやはりいいと思う。この作者のこういう歌の中では秀れた一首である。

鶏飼ひて生きる吾等を夫は知らず五月十四日夫の七回忌
                    杉浦すみ江

 きびきびとした調べの中に、作者の健気な生き方が感じられ、一面哀切な気持ちも流れているしみじみしたものを感じさせる。「夫」の重複も気にならない。

真向ひて言ひたき一つ言ひたりきそれより後は心わびしも                   米川ひさへ

 「真向ひて言ひたき一つ言ひたりき」はうまいと思う。しかし下句の「それより後は心わびしも」がとってつけた感じで、平凡に流れてしまった。

希ひゐてかく逢ひし夕べの心むなしカウンターに振るシェーカー聞ゆ            川上 蘭子

 上句が割合公式的な言い方で、特に「心むなし」は早く表現を片づけたような感じだが、「カウンターに振るシェーカー聞ゆ」はなかなかいい。作者が女性だから特にいいのかもしれない。

煙草を喫ふ明りにわづかに少年と見定めて寄るキャンドルルーム                熊澤 正一

 煙草をすう明りで少年と見定めて寄るというのは大変おもしろい。ただ結句でキャンドルルームという場所を明示したのはどんなものであろう。そこは省くか、あるいは自ら暗示するような表現にとどめておくべきであったと思う。

昭和三十六年十月号 

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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