短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


酔ひて又帰りし夫か奥さんのきげんは良いかと犬に聞きゐる                 長友 みほ

 こうなるともう滑稽歌に近い。こういう歌がまじるのもこの其の二欄のおもしろさである。

泥あびつつ畦ぬり励みゐる妻よ何を希ひて農吾に来し
                  後藤 良澄

苦しみて残して呉れし峡の田をもてあましをり老いて疲れて                黒木茂都子

我等にて絶えむ農ぞと老二人桑の葉陰に汗をふきつつ
                  金井 茂治

 農民としての歌もいろいろあるが、こういう作品に注意した。いずれもしみじみとして訴えるものがある。幾分、現在における日本の農業のあり方に触れている点もあるかと思われる。

山に行きても畑にゆきても吾が家の蜜蜂ならむ花巡りゐる                 高橋 宗伸

 「吾が家の蜜蜂ならむ花巡りゐる」という所は尊重すべき表現であるが「山に行きても畑にゆきても」はやや散漫で投げやりではあるまいか。もう少し具体的に視点を定めた物言いをした方がよくはないか。

研ぎ上げし剃刀の刃をすかし見るかかる仕草も三十三年
                  宮本 茂雄

 「かかる仕草も三十三年」という結論の出し方が少し軽いと思うが、よく分かる歌で、作者の一生を一首に圧縮したような作品である。

 この欄をじっくり読んでみて、みなそれぞれに地味でつつましく生活を詠嘆している点にあらたに感銘した。
本当のところ、どの一首を取り上げてもいいようにさえ思った。

昭和三十六年十月号(3) 

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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