短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」


百舌のこゑひびく朝の顔きよむ井戸のトタンの屋根すべる露                  市毛 豊備

 【岡部】一読すがすがしい気持ちの響いて来る歌。端的な上の句と、巧みな下の句の写生とによって、自然流露する味は円熟味とでも言うのであろうか。

 【宮地】この歌のきびきびした調子、特に下の句の快い諧調には心引かれる。ただ「百舌のこゑひびく」という「朝」にかかる修飾の部分が一首の渾然たる統一を多少妨げている点ではなかろうか。

彼ら死にし丘の窪みの四五寸に伏せて残りて髪白くなる
                    生井 武司

 【宮地】上の句から「伏せて残りて髪白くなる」まで続く呼吸が何とも言えずいい。短い詩形の中に己の人生を圧縮して沈痛な感慨をさらりと打出している。

 【岡部】一句から四句までの過去の経験を回想的に表現し、結句の「髪白くなる」という現実の感慨で受けて締めた感じには非常に心引かれた。

   自動的に管理職となり闘争の赤鉢巻は吾に渡らず
                     加藤 信夫

 【岡部】表だって何かを主張しようとしているのではないが、不思議と社会の一断面をついていて、人生の寂寥とでもいう響きが伝わって来る。

 【宮地】「自動的に管理職となり」という散文的な粗い表現もこの場合は割によく利いていると思う。作者の立場の転換による複雑な感情を詠み込んでいるのだが、前評の「人生の寂寥」云々は言い過ぎであろう。この作者らしく、意図的な面白さをねらった点も目につく。

昭和三十七年四月号 

 (漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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