短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」

 十一月号作品評 其一   清水房雄 宮地伸一  (二)

君も我も一つ符牒の人間にて順序なく時なく消えゆくミクロコスモス             落合京太郎

 [清水]  作者と同姓同名同業人の飛行機事故の歌を承ける一首。同姓名を「一つ符牒」とは言い得て妙。意表を衝かれる。このような発想には、甘さを全く拒絶した現実認識の意志が働いているが、それは下の句に於いて一層明確冷徹な人間凝視となる。気弱な私など、言いようのない悲しみにひたされる。

 [宮地]  吉田氏のふっくらとした作品からこの作者の作品へ目を転ずると、また違った世界を形成しており、強くダイナミックで荒々しく直線的な調べを有するものが多い。その内容は、感性よりも知性が強く支配していると言えよう。常に安定を嫌い、意欲的に動いているさまは、この一首にも明らかである。下の句の「順序なく時なく消えゆくミクロコスモス」は、強引な句法だが、一首の勢いで押し切っている。そして結句の「ミクロコスモス」という用語は千鈞の重みを持つ。

紐一束銀色にして手中に在り束ねて捨てむものは続々                     小暮 政次

 [清水]  無闇に物の多い今の日常は、実に生活文化の大きな問題だが、それをさりげなく事実に即して捉えている。上句はビニール紐の事だろう。簡潔に言い尽している。「銀色」は紐の光沢の、色彩感覚鋭いこの作者らしい表現。下句も極度に語を詰め、一首は漢語のよく利いた強い調べをなしている。

 [宮地]  日常生活の卑近な材料を用いながら、何しろ表現が自由である。「紐一束銀色にして手中に在り」にしても、「束ねて捨てむものは続々」にしても、余人の思い及ばぬ発想であり、表現であろう。要するに洗練された渋い技巧が魅力を湛えている一首である。今月のほかの「心虐ぐることなく今はあるべきか出でて木扉の金の香の下」「窓の外は街の爆めきここに酒の色語るべし西方古代の心」も、独自の色調であり、これは何も今月に限ってのことではない。

                     (続く)

(昭和64年新年号)

(漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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