短歌雑記帳

宮地伸一の「アララギ作品評」

 九月号作品評   其の一   宮地 伸一 (二)

カーテンを悉く引きし後の思ひガラスの魚ガラスの鳥が放てる光               小暮 政次

 さりげない言い方のなかに心をこめる、この作者一流の手法である。よく味わえば「カーテンを悉く引きし後の思ひ」は心憎いまでに瀟洒な表現だ。「ガラスの魚ガラスの鳥が放てる光」も室内の雰囲気を描写してうまい。これはよい意味での遊びの歌であろう。「思ひいづれば光しづかに立ちてゐし歎きの像は細部仕上げず」も、あいまいな所が魅力的で心引かれる一首であった。

階段をしづかに降りて来給へば絨毯の上に吹く春日野の風                  上村 孫作

 万葉人は「采女(うねめ)の袖吹きかへす明日香風」と詠じた。今の春日野の風は、何と絨毯の上を吹くのだ。破天荒の愉快な表現である。「階段をしづかに降りて来給へば」の主語は省かれているが、おのずから察せられるようになっている。そこがまた我々の集団の狭さを表わすことになるのかもしれない。

わが島の旅のひと夜を復習とてわが万葉紀行借らせ給ひき                  得能 賀衛

 樋口賢治氏を追悼した昨。重箱の隅をつつくようであるが「復習とて」の「とて」は軽いのではなかろうか。「復習すと」というくらいでいかがか。

                  (続く)

(昭和五十八年十一月号より)

(漢字は新字体に、仮名は新仮名遣いに書き換えました。)



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