短歌雑記帳

アララギ作品評

 2014年3月号 選歌後記    三宅 奈緒子

一本の軍用電話が伝へ来しは孤島死守せよの命令なりき
肝油剤日々飲まされて十五名の斬込隊の一員となる
                    今井 潤

 今井氏の一連は第二次大戦に辛くも生き残った一人として、その体験に立っての厳しい詠嘆である。孤立無援ともいえる戦場にこのようにして追いやられた人々の命を上層部はどのように見ていたのであろうか。辛うじて命を保ち得た作者が「秘密保護法」に反対の意思表示をしたいと焦るのは当然で、一連が厳しい緊張感で詠われている。

百歳の母つつましく笑まひをりわが贈りたるカーディガンを着て
麻痺したる冷たき手をば我の掌に重ねて夫はいつしか眠る
                    大矢 稚子

 一家庭に母も夫も病んでいる、このような立場の人も多いことであろう。この作者もそうした中で苦労を重ねたであろうが、今はその病者の心を暖かく受け入れ、静かに詠嘆している。

危ふかりしいのち超えしと思ふまで癒えて六年むとせの越のわが日々
その姿水に映して川岸に餌を待つか白き鷺のかがやき
                    近藤 淑子

 この作者も長く病床にあったようだが、「危ふかりしいのち超えし」と明るく詠っておられるお作を読むと危機を脱し得たのであろう。一連が明るい調子で詠われ、「白き鷺のかがやき」も作者の心情の反映かとも思われる。私たちにとって短歌は病むときも癒えしときも友なのであろう。



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