CYBER SHIN-ARARAGI

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【17468】夢子さんの初稿に
2026/6/26(金)17:11 - 八木 康子 () 削除

1、甘えたき心を隠し生き来たり今は寄りかかる肩の嬉しい
  幼かった戦時中の歌もありましたね。結句は「肩が嬉しい」あるいは「肩あり嬉し」も。

2、腹筋は昔は確かに居たものを今は行方の分からぬままに
上の句は「腹筋も昔は確かにありしもの」でしょうか。

3、快便は神のたまひし贈り物黄金のバナナ二本ありがたし
「たまいし」と。そして、できれば、下の句は、視点を変えて詠みなおしてみてくださいませんか。

4、目覚めればもう寝る時間の来ておりて時計ばかりが元気に走る
九十二歳とは、これほどまでに超特急で時が過ぎていくものなのですね。「時計の針だけ元気に走る」

5、九十二年連れ添い来たる我なれどいまだ知らざる我に会ひたり
いくつになってもこういう事ってありますね。また、その歳になって初めてこのような思いをすることも。下の句はちらっとでも、内容に触れられたらとも思いますが。「会いたり」と。

【17467】皆さまへ
2026/6/25(木)10:27 - 水野康幸 () 削除

 七月の担当者は八木康子さんです。古典文法にも詳しく安心して指導
を受けることができます。

  ・自らにもつと自分を信じなさいとつぶやくことの増えしこのごろ

 八木さまどうぞよろしくお願いいたします。

【17466】皆さまへ
2026/6/21(日)08:58 - 水野康幸 () 削除

 昨日までに皆さまの最終稿のすべてが集まりました。
これから「今月の秀歌と選評」の選考に入ります。
しばらくお待ちください。

【17465】皆さまへ
2026/6/16(火)09:45 - 水野康幸 () 削除

 毎月20日までに、添削を受けた5首より3首選んで最終稿として
提出することになっています。そろそろ最終稿の提出をして下さい。
 まだ投稿せず添削を待っておられる人がいれば、十分に日にちがあ
りますので、投稿してください。    水野康幸

【17464】 水野康幸先生
2026/6/15(月)17:38 - あご () 削除

ご丁寧に再読いただき、ありがとうございます。
当初は歌意が伝わりにくかったようで気になっておりましたが、「元々良い歌であった」とのお言葉をいただき、大変嬉しく思いました。
この歌は小学校の同窓会を題材としております。数十年ぶりに再会した仲間たちと盃を重ねておりますと、もう子どもの頃には戻れないにもかかわらず、不思議と皆が小学生に戻ったような気持ちになります。そのような「還らぬ過去」と「今によみがえる過去」の感覚を、「雙葉散り」と「昔は今に」に託したつもりでした。なお、「雙葉」は、母校の校歌にある「雙葉の命」も心に置きながら詠んだものでした。
貴重なご指導をいただき、ありがとうございました

【17463】あごさんに
2026/6/15(月)14:58 - 水野康幸 () 削除

何か狐か狸に化かされていたような気がします。失礼ですが、お歌自体に混乱がある
のかと誤解していましたが、全くそうではなく、大変良い歌になりましたね。という
より元々良い歌であったのに私の理解不足でした。@もAも、文句なく完成ですね。

もう一つのお歌は「雙葉散り還らぬものを」と「昔は今に還らぬものを」の2つに
ついて或いは、ことばを掛けているのではないですか。アララギでは「掛けことば」
は使いません。普通の文章に使わないからです。
「若き日は還らぬものを雙葉散る下に盃重ねつつあり」ではかなり意味が異なりま
したが、どうでしょうか。さらに元の歌の品格のようなものが無くなりましたね。

【17462】水野康幸先生
2026/6/15(月)11:46 - あご () 削除

何度もお手数をお掛けしますが宜しくお願い致します。私は次のように考えました。
@ 校庭の昼休み來る風走りぬけ笑ひころげる聲は空へと
誤読を避けるため、「の」を「に」に変更し、「は」を補いました。
ただし、「昼休み來る」はこの歌の核となる表現と考え、そのまま残しました。
*校庭に昼休み來る。風は走りぬけ、笑ひころげる聲は空へと。
A 教室の窓に残りし指あとを誰が付けしか吾もなぞりぬ
「指あとを」は「吾もなぞりぬ」に係ると考えましたが、誤読を避けるため、「を」を「は」に変更しました。
*教室の窓に残りし指あとは誰が付けしか吾もなぞりぬ
(追記)雙葉散り還らぬものを盃を重ねつつあり昔は今に
私はこの結句を、「若かった私たちは戻らないけれど、皆で酒を酌み交わしていると、若かった私たちが戻って来るようだ」
という意味にしました。したがって、「昔は今に」は、過去と現在とが酒席の中で重なり合う感覚を表したものです。

【17460】あごさんに
2026/6/14(日)17:11 - 水野康幸 () 削除

雙葉散り還らぬものを盃を重ねつつあり昔は今に
       前の句は一応理解できますが、結句の「昔は今に」が前の句に、
       どうつながるのか分からないので説明していただけますか。




【17459】あごさんの改稿1に
2026/6/14(日)16:53 - 水野康幸 () 削除

@ 校庭の昼休み來る風走りぬけ笑ひころげる聲は空へと
      短歌は57577の語数が整う事と、意味が誰にもわかることが、まず
      一番大切と思います。語数が整っていないと、意味も分かりにくい。
      お歌の575は「昼休みが来る」のか、「来る風が走りぬけるのか」
      その点、あごさんの意図している事柄が私にはっきりしないのです。        

A 教室の窓に残りし指あとを誰が付けしか吾もなぞりぬ
      これははっきりしましたね。そして、普通の文法からすると、「指あ
      とを」より「指あとは誰が付けしか吾もなぞりぬ」の方が更に分かり
      やすい。よければ完成です。

【17458】 水野康幸先生(少年時代)
2026/6/14(日)12:01 - あご () 削除

的確で貴重なご指導を感謝致します。
連歌の一部だけの投稿は悩ましいところですので、最終首を下記しました。
・雙葉散り還らぬものを盃を重ねつつあり昔は今に

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