作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年5月号)★印・新仮名遣い


  埼玉 藤丸 すがた ★

朝焼けの線路の上の眩しさを遮るコートの群れ散り散りに

昨晩の雪が線路にあるだけで映画の中にいるような僕


  京都 下野 雅史

昼白き冬の日差しを浴びながら部屋の風蘭葉をひろげゆく

隕石は落下するから光るんだ唯それだけのことに感動しをり


  兵庫 小泉 政也 ★

折畳み携帯を手に取り開けて閉め閉めては開ける意味などはなく

誰ひとり傷つけぬうまい嘘をつく僕に罪など無いのだろうか


  スイス 森 良子 ★

のんびりと音響かせてヘリコプター昼細き月の下を飛び去る

時忘れ思うは子無きわれらのことクローン人間の記事半ば見て


  札幌 村上 晶子

頬痛む寒さの中に輝けるシリウス一つ息にてくもる

うたた寝のわれに毛布をかけくれし父は黙して碁を打ちをりぬ


  札幌 高杉 翠

言ふべきを心の中で繰り返す茶碗を洗ふ手は動きつつ

祭り過ぎ雪像は今は雪の山今日も人らは足早に過ぐ


  東京 坂本 智美 ★

腹立たしい想いに笑顔を見せた時大人になれたような気がした

お揃いの腕時計で旅立てば同じ時間が刻めるだろうか


  千葉 渡邊 理沙 ★

「斜め下視線をそらすと好かれます」このマニュアルを君で試そう

我のことは好感を持って欲しいから重なる視線を斜めに下げる


  東京 臼井 慶宜

栄養剤に麻痺せし脳の血管に六法全書は絡みつきたる

長針は無情に傾きを変へゆきて我は今宵も長き夜に急(せ)く

選者の歌


宮地 伸一

えにしあれば遠く来りて香をささぐ雪のなかなる君のみ墓に

宮柊二の分かりやすき歌選びたりジュニアの作者もまじりて聴けば



佐々木 忠郎

不覚にも腰抜け臥して十日目か机の上の埃見てゐる

土を擦り吹く春風に房揺れて馬酔木みづから酔へるごとしも



吉村 睦人

面影をたたしめながら帰りゆく道の行く手に一つ夕づつ

ベッドに坐り手術の様を図解する君の磊落さ失はれずして



三宅 奈緒子

吾等の歌揶揄し給ひしその部屋に今日なきがらとなりてゐたまふ

型を忌避して自在なりし人のなきがらが一つ作法に今し柩に



小谷 稔

山上の寺無住なり霜柱を吾の踏みゆく音ひびくのみ

無能無才この一筋につながると記しし址ぞ去り難くゐる



雁部 貞夫

霧の谷にしばし浮べるブロッケン吾が手挙ぐれば影の答ふる

常念岳の頂きは今日四方(よも)晴れて妻と分かちぬコニャック一杯



添田 博彬

ストーブに湯の滾る音微かにて連想は楽しきことのみならず

暗黒のなか白き光を放ち飛ぶわが機はアニメの飛行体の如く



石井 登喜夫

「歌を作るに最も適せざる者なり」と口癖に叱らるることも終りぬ

俄に涙あふれてとどまらず君がため戒名の一字を選ぶ

先人の歌


正岡 子規

夕顔の棚つくらんと思へども秋待ちがてぬ我がいのちかも

くれなゐの薔薇(うばら)ふふみぬ我が病いやまさるべき時のしるしに



伊藤 左千夫

あたたかき心こもれるふみ持ちて人思ひ居れば鶯のなく

をさなげに声あどけなき鶯をうらなつかしみおり立ちて聞く



長塚 節

白埴の瓶こそよけれ露ながら朝はつめたき水くみにけり

楢の木の枯木のなかに幹白き辛夷はなさき空蒼く闊(ひろ)し



島木 赤彦

むらぎもの心しづまりて聞くものかわれの子どもの息終るおとを

幼きより生みの母親を知らずしていゆくこの子の顔をながめつ



中村 憲吉

磯を行くひまだに母はあはれなり我が新妻を愛(を)しみたまへり

おほけなく涙おちたり生(しょう)ありてあり磯の珠も母と拾へば



斉藤 茂吉

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり

かがやけるひとすぢの道遥けくてかうかうと風は吹きゆきにけり



土屋 文明

地下道を上り来りて雨のふる薄明の街に時の感じなし

ふりいでし雨の中には春雨とは吾にはうとき言葉と思ふ


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