作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年12月号)  < * 新仮名遣>

  京 都 池田 智子 *

予報見て出ればよかった日傘しか持たぬ私に打ちつける雨


  大 阪 大木 恵理子

初めてのオリエンテーリングの指導して小学生六人と野を駆け巡る


  北海道  小倉 笑子 *

勇ましき海賊の剣さばきの息をのむ久方ぶりなり映画を見るは


  東 京 臼井 慶宜

胸中に渦を巻きたるもののありこの夜の月をじつと見上げぬ


  埼 玉 松川 秀人 *

夕暮の海にときおり音立つるそこにもここにも飛魚のいる


  朝 霞 松浦 真理子 *

何事もなかったように話すから何もなかったような気になる


  千 葉 渡邊 理紗 *

恋愛は犠牲の上に成り立つと食べたいメニューも言わぬ男性


  宇都宮 秋山 真也 *

もし僕が映画監督であったならこんな夕日をラストに使う


  東 京 藤丸 すがた *

街角に投げ捨てられてまだ煙上げているタバコ僕に似ている


  川 越 小泉 政也 *

何事もマニュアル通りにこなしつつ百パーセントの達成感がなし


  愛 知 高村 淑子 *

動物を見るのはもともと好きだけど君を見てる方がずっと楽しい


  京 都 下野 雅史

ライトアップされたる磯に歩み出で岩の上を走る蟹の音聞く


  大 阪 浦辺 亮一 *

合鍵を手のひらに載せて眺めてる旅行から帰る君待ちながら



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

人間の作りし魚道をひたすらに鮭の一群は口開け上る


  横 浜 大窪 和子

あかあかと南の窓を移りゆく星よ見よ戦ひ止まぬこの星を


  島 田 八木 康子

幾冊ものアルバム提げて帰りゆく秋の佳き日を待てる二人は


  福 井 青木 道枝

黒い森(シュヴァルトヴァルト)去る朝となり草はらの沼にいつもの二羽を待ちゐる


  東広島 米安 幸子

よき人を選びしとみなに祝はれて三十五年をともかく迎ふ


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

両手ひろげ飛びおりながら二歳の子宇宙から来たと高らかに言ふ

けさもまた己が子二人を殺す記事見出しのみ見て目をつぶるなり


  東 京 佐々木 忠郎

一日一日(ひとひひとひ)を塑像のごとくなりゆくに庭に遊べと手花火たまふ

妻がもつ花火あかりに映ゆる顔ときのまをとめのころの汝なり


  三 鷹 三宅 奈緒子

日に明るき浅瀬に今し産卵かしぶきのたちて魚体みだれつ

幸福駅秋のひかりにしづまりて廃線のレールに白き蝶とぶ


  東 京 吉村 睦人

おのづから自らの生の記録をば時々刻々と伸ばしつつあり

アメリカの如く軍需に儲けむと自衛隊派遣を企む者ら


  奈 良 小谷 稔

水の神を遷しし力よ驕るなかれダム湖の岸の村は地すべり

金剛に雨雲残り葛城は夕映えにほふ空を負ひたり


  東 京 石井 登喜夫

言ふ如く杖を持たねばならぬなら竜頭(りゆうとう)のステッキを探してみたし

眼の光失せたりと言はれこだはるかやはりこだはり鏡に向ふ


  東 京 雁部 貞夫

茶店(チヤイハナ)に吾が名を呼べる鬚の翁ああ三十八年前のガイド・セイド青年

ともどもに六十越えてオアシスの村に遇ふ白髪ゆたかになりしこの友


  福 岡 添田 博彬

わがための薬を小分けしつつゐてはかなき思ひに亡き父を恋ふ

医師呼びに走る道日が照り人と草木世界異なるものに見えたり


  さいたま 倉林 美千子

ケーニッヒ湖の凍らむ頃に訪ひゆかむ犬橇の灯が心を過ぎる

暖炉の火に照りし少年ははや居らず彼にも三十年の月日は過ぎて


  東 京 實藤 恒子

夕かげに咲き満つる桜の間(あはひ)より吉野の山に響く法螺貝

最初にて最後となりしわが安居会桜本坊三十七年まへ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

三割の人馘首して人替へて強くなりたる球団ひとつ

大切なもの崩壊の世を見ぬか呑気なり野球に狂気の人等


  小 山 星野 清

人を選びて天は二物を与ふるとまた思ふ今日のヴァイオリニストに

終近き鮭にかも似て原点を恋ふるわれかもモーツァルト聴く

先人の歌


  伊藤左千夫           初冬雑詠


山の手は初霜おくと聞きしより十日を経たり今朝の朝霜

家ぬちに蝿ひとつ居ずあさづく日光こひしき冬とはなりぬ

白菊のしべ紅(あか)ばみてこほろぎも鳴かず霜おくけさの静けさ

鶺鴒の来鳴くこのごろ藪柑子はや色づきぬ冬のかまへに

塵塚の燃ゆるけむりの目に立ちて寒し此(この)ごろ朝々の霜

霜ぐもり淡き日かげは斜めさしガラス障子は透きて映れり

  付記 原作にはルビが多いが、表記上大方を省いた。


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