作品紹介

選者の歌
(平成24年9月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

つねにつねに追はるる心地にとき過ぐすかくしつつおのが日を消しゆくか
なすべきはなしつと短く病みて逝きぬかの友羨(とも)しとおもふ日のあり


  東 京 吉村 睦人

たはやすく原発再稼働決まりたり取りやうの無き責任を取ると言ひて
平和憲法持てるのどかなる大和島根を何故オスプレイは飛び回るのか


  奈 良 小谷 稔

丹波の峡深く入り来て見るものか平坦に広し転作の蕗
車よりゴム長を友の出しくれてわが足俄に活力の出づ


  東 京 雁部 貞夫

懸案のひとつ事成り盃かかぐ神田三崎町路地の居酒屋
ビール乾し暑き夕べに汗引けば昆布じめの魚しばし噛みしむ


  さいたま 倉林 美千子

青島の嵐を玻璃戸に見し節(たかし)熱引かぬ身をもてあましつつ
病める身と宿を追はれてなほ行きし心を思ふみ跡辿りて


  東 京 實藤 恒子

日田よりの友は幾年振りなりや手を取りかたみによろこびあへり
唐突に取られたるかのたなごころ冷たかりしをふと思ひ出づ


  四日市 大井 力

待宵草いまだ閉ぢざる草の丘二人して金環食の至るとき待つ
雲閉(さ)して見えねど日食極まるか暗みきて草の雲雀も絶えぬ


  小 山 星野 清

君よりもすでに五年を永らふかただ時どきの今を生きゐて
志立つるなく六十年流されて今ある生を如何に思はむ



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

家のめぐりは水田(みずた)のひかり虫とりし幼き靴の泥あと残る
光太郎の彫りたる蝉をふところに撫でつつ街ゆく智恵子のありき


  札 幌 内田 弘

羊羹を食ひつつ愚痴言ふお前らと酒飲み大言壮語の俺らは同じ
嘘を付く時のお前の唇が歪んでゐるのを見逃すまいぞ


  横 浜 大窪 和子

なめらかに踊りゆくとき背も腰もあるがままなるおのれのかたち
身のうちに滞るもの抜けてゆく心地に居たり踊りつづけて


  那須塩原 小田 利文

青きバトン握り締めて子は駆けゆけり除染を終へし小学校にて
親の手に除染作業せし校庭に子ら清すがとダンスを舞へり


  東広島 米安 幸子

もりあがり木に咲く夏の花いく種わけてもにほふ桐の紫
島伝ふ橋を渡りて生口島(いくちじま)老いしむろの木花つけてをり


  島 田 八木 康子

一斉に柳絮舞ひ立つ大井川散歩の親子が手のひら掲ぐ
水張田を渡りくる風に吹かれつつタニシ捕りにき山田の裾に



若手会員の歌


  尼 崎 有塚 夢 *

人生は常に選択多くあり今日外食か自炊かさえも



  奈 良 上南 裕 *

保健所のあまたの窓口横切りて前見つめ行くエイズ検査へ



  高 松 藤澤 有紀子 *

理論などもうどうでもよいただ天空の金環を見る時を忘れて




先人の歌


宮地伸一 歌集『町かげの沼』昭和35年より

諏訪五首
街のかど蛹(さなぎ)ほすにほひただよひて少年の日の思ひよみがへる
この小路を奥にし行かば少年のわれがそのままをる如く思ふ
やうやくにふけゆく夏を寂びしめり谷をへだてて青く霞む山
はるかなる谷間を照らす夕ひかりかつて下りし道見ゆるなり
細谷川いくつか寄り合ふ山の間(ま)のさやけき空気のなかにまどろむ

                     

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