作品紹介

選者の歌
(平成26年7月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

おのが接する人々にかく忘れ得ぬ印象とどめ彼は逝きしか
その想ひをおのが短歌にて訴へしかの人の優しさ亡きいま思ふ


  東 京 吉村 睦人

トンネルに入る寸前に見かけたる岩よぢて咲く山藤の花
黄の小さき花つけてゐる檀香梅道は尾根に近づくらしも


  奈 良 小谷 稔

病み後の気力体力戻り来よ畑仕事のゴム長を買ふ
わが病みて顧みざりし畑の鍬執る手ざはりの幾月ぶりぞ


  東 京 雁部 貞夫

「間抜けだが山へ行く奴いい奴」と深田久弥のある日の言葉
山へ行きミシミシ水を飲んで来るこの簡明を吾は愛する


  さいたま 倉林 美千子

木々の影家並の影の定まりて直(す)ぐなる道あり雲に入りゆく
吾を包むこの静けさは何ならむ肩に腕に花びらが散る


  東 京 實藤 恒子

空港に姉らを迎ふる弟は幾年振りか白髪(しろかみ)目立つ
父の星と独り決めせる木星の絢爛たり三十三回忌終ふ


  四日市 大井 力

姉は護憲弟は改憲を言ひつのる会話に口を挟むことなし
ただならぬ世にただ直(なほ)く向ひゆけ各々ひとりひとりの道に


  小 山 星野 清

世界的発見をせしと映れるはマスカラをつけし少女(をとめ)めく人   小保方晴子氏
かすかなる刺激にて細胞が初期化せりと捉へ得たるは見事と思ひしに 



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

草はらに還りゆく庭か花々はどれもどれもひかりの方(かた)向く
石畳鳴らし街ゆく人びとの見ゆるガラスにひとりなる席


  札 幌 内田 弘

地下通路に何もしないで屯する老いの仲間になりゆけ午後二時
札幌の放つ明かりを吸ひ込みて暁(あかつき)雲は未(ま)だネオン色


  横 浜 大窪 和子

われを越えて歩みゆきしか過ぎし日の哀しみの影を汝は纏はず
是の世に人の行ふことなべてはかなし今日のわれのいのちも


  那須塩原 小田 利文

空にせし引出しの中を拭くときに名を呼ばれ大き花束を受く
薔薇と百合の香に包まれてほのぼのと帰らむ通ひ続けし道を


  東広島 米安 幸子

百歳の自が母呼びよせ看る日々を聞けばなつかし母との七年
コンマ以下の貝殻拾ひ何せむにさざ波はまた砂に打ちあぐ


  島 田 八木 康子

引越は春三月の良き日なり斜りに土筆のほつほつ萌えて
初めてのインターフォンは町会長掘りたての大き筍さげて



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

寮の庭を藤彩りし彼の頃を思えば友の顔浮かびくる



  所 沢 齋藤 勇太 *

STAPは嘘か真かできるなら真であれと心で願う



  松 戸 戸田 邦行 *

宗教と疎遠になりし今放つ祈りの言葉は「助けてくださいおじいちゃん」



  奈 良 上南 裕 *

材料の占めていし床の見え始め残りの加工を明日へ回す



  高 松 藤澤 有紀子 *

教師としてかける言葉が見つからぬ奇声をあげる児を前にして




先人の歌


三田 澪人の歌   歌集「朝鳥夕鳥」より

食間の薬待つ間を棚の本の位置かへて見る五六冊ばかり                      p−231
明日に仕事を持ち越さざるが誇らしく常に無頼の拠所としたり                   p−232
思想なきを思想とせよと教はりぬ大正末期の事件記者にして                    p−233
三月に寒の戻りし気圧にもかかはり深くうつし身の病む                      p−233
ひとり言もれぬ個室にひとりごと掌の上に聞く白き小鳥は                     p−233

本名柴田儀雄。明治二十七年生まれ、アララギに中條儀雄、功徳林弌(くどりはじめ)の名にて作品を発表。(二十二歳より)中部地域を主として活動、現在の中日新聞社(旧名古屋新聞社)主筆。後に歌誌「暦象」主宰。写実の歌に徹し、淵田陽之助など多くを「アララギ」に送った。昭和四十一年、七十三歳没。

                     

バックナンバー