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アンソロジー 八十代の歌人 (掲載順、後半) 金子 侑司 母と妻と姉 木犀の匂へる朝吾の名を呼びつつ母の来るがに思ふ 青葉暗き門に見送る母逝きてその姿さへ遠くなりたり 砂山に日が射せば砂に影を引く合歓の裸木が寒々として 朝餉喰ふ光の中にかたはらの妻の睫毛の白きが見ゆる 九十三歳の姉は手を振り変はりはて車椅子に乗りわれを迎へぬ 米安 幸子 哀 哀 たんたんと心おさへて詠ひます終のわかれの一連六首 倉林美千子氏挽歌 み命の際まで確かにことばもて心通はせ逝きまししかな みうた載るページ見開くままにわが読みて唱へてやうやく覚ゆ 従ひゆきしかの春の日を懐かしむわれら三人にかなしき挽歌 亡き方の揮毫たまひし『風の賦』を忝(かたじけな)みつつ大切に持つ 皇 邦子 歌集『居其可在處(そのあるべきところにゐよ)』以後 光とも標ともなりてわれを照らす長与善郎(ながよ)の書幅「居其可在處」 棚田三枚に咲き満つる秋桜(コスモス)わが記憶の記憶の初めは疎開児の友と植ゑし日 賜物のワイン名は「すめらぎ」娘ら継がず消えゆく姓かとにはかに惜しむ ペットボトル開けなづむ夫に助太刀す日毎鍛へる主婦吾の手力 知力体力おとろへあやまつを赦し合ふ老の構へのいつしか身に就く 清野 八枝 伎芸天 朝もやにしづむ耳成山(みみなし)遠き代の藤原京の秋を想ひぬ 朱(あけ)ほのかに衣にのこし遠き日のまま微笑みいます伎芸天女は 恥ぢらふごと腰ひねり立つ伎芸天の指(および)やはらかに印を結べり 白き病舎見下ろす丘に秋日さし娘の転院をわが決意せり 布団被りし母に負はれて生き延びきわが八十年疎かならず 鶴見 輝子 命のきはに 荒ぶりてポーズ取る十二神将を掲げて君の一周忌展 卯神(ばうしん)を女(め)の神に描き妖艶な白き肌(はだへ)は君が企み 教へ子の押す車椅子に去年の春桜花ゑがきしが最後となりぬ 君の絵を見つついく度も問ひかける命のきはに思ひしは何 またひとつ男の狡さが見えて来た二次会に君はいつも歌ひき
アンソロジー 八十代の歌人 (掲載順、前半) 内田 弘 都市の憂鬱 夕焼の空に飛行機雲が消えゆきて妄想の湧く雪は降りつつ 側溝の汚れの中に朽ち葉溜まり夕暮れ時のビル裏の路地 澄む水の底に夕光が移りゆき創生川は東西を分かちぬ 変貌を遂げて街が変わり行き朝の光に時計台の鐘の音(ね) ビル街を乳白色に染めてゆく札幌の朝は霧に冷え行く 大原 清明 デイオールの香り シャンパンの酔ひにまかせて踊りたるマダムと夜のセーヌ眺むる シャンパンに酔ひたるままに肩寄せて夜更け歩みぬセーヌのほとり 桔梗花を描きし会津絵らふそく灯して異国の君を偲びぬ すれちがふ紅きドレスの甘き香は確かディオール君思ひ出づ 葡萄酒のよどむ紅さを飲みほして言の葉ひとつ忘れむとせり 岡田 公代 蘭の香り なほるまで診るよと手術せし君の在りて今日在りわれの命は ここにあらたに人等診る君待合室にうすむらさきの欄が香れり 新しき診察室に画像見つつ完全に癒えしわが腎を言ふ 友のギターに合せて唄ふ西条八十の作詞美しき「越後獅子の唄」 ケアホームの窓に仰げり十月六日の空に雲なくかがやける月
「うたとの出会い」要旨 夫と経営してきた会社を閉じたとき、少女の頃に短歌を詠んだこともあり、アララギ会員の友について東京歌会に行った。すると、かねてより興味のあった土屋文明先生がそこに実在し、二百人ほどの会員の選歌を一人でされていた。いつかアララギで歌を、と思ううち夫が亡くなったが、その侘しさを埋めてくれたのが「新アララギ」であった。夫亡くて十八年、日記のように歌を詠み楽しんでいる。
この「エッセイ」は新聞掲載の要約です。
『土屋文明全歌集』―歌の宝庫 横山 季由 補遺を含め、12、345首が収めてある。知的で即物的、散文的に詠むときは『山谷集』『六月風』 『小安集』など、抒情的な歌では『ふゆくさ』や晩年の作、「生活即短歌」の生活詠は『山下水』『自流泉』等 が参考になろう。『六月集』から『韮菁集』は写生説の実践で、現実主義に基づく社会詠が鏤められている。 これはアララギの系譜に繋がる人らの説を整理し直し、アララギの主張として完成させたものだ。更に 『万葉集私注』全二十巻からも多くのヒントを得られる。また、万葉植物等、植物にも造詣が深く、植物詠を なす時の助けになった。百歳まで生活詠を続けたので、これから老後を迎えるにあたり参考になろう。 この全歌集はまさに歌の宝庫だ。
霜月作品集 秋の日 佐藤 直子 近づきしわれにいつとき寄るとみせ鉢の金魚は身をひるがへす 思はざる庭木の影を映し出し夏の雷光一瞬に消ゆ 鉄線のほぐれはじめし紫が窓にかげする梅雨の曇り日 インバウンドの波をかき分け身を躱し猿沢池にたどり着きたり 秋の日に水面に光る五重塔世に戦争のあると思へず
今月の巻頭作家 作品15首 「過去と未来」 今野 英山 草餅の店に長々ならぶ客その先奈良町日本はそつち 朱雀門の不老長寿をささへる技術見ることのなき未来が埋まる 紅白の梅のトンネルぬけ出でて過去と未来の塔並び立つ 西塔を建てし棟梁西岡の『木のいのち木のこころ』沁みる言葉だ 西塔は東棟よりも高くする千年をへて木は縮みゆく モノクロの塔極彩色の塔とならびゐてぐるぐるめぐる千三百年は モノクロとなりし古塔のシルエット時の流れの焼きつく印画紙 うす暗き堂宇のなかに千余年武器もてはべる将十二人 枯色の十二神将に色をつけ浄土の世界おもひてみたり 伐折羅(ばさら)大将パンク野郎の伊達をとこ金銀よろひて赤髪立てる レンガ色の築地にそひて小さき門くぐれば苔生ふ秋篠の寺 訪れる人も少なく奥まりてさびしき人のみ引きよせらるる わづかにも小首かしげる伎芸天素直だけでは世はもたぬらし 大火にも地震にも遇ひて首ひとつほほゑみて残るこの伎芸天 スリランカに友の僧建てたる大仏のするどき眼にみな慕ひくる
埼玉県人の歌人 濃 密 萩原 千也 濃密な時間と言へばさう言へる妻の介助を優先せるは デイケアを終へ来し妻が玄関に立ちて躊躇ふ入りてよきかと トイレにも其の都度つきそふべしと知る妻のしくじり防ぐためには 手渡しに口に入れよと指示せねば妻の服薬済まずなりたり やがて共に暮らすは無理か自らが為すさまざまを意識せぬ妻
神無月作品集 つながり 宇野 一夫 よき歌を結社わたりて集め編むアンソロジーは二十冊超ゆ 幾結社数なき歌の紹介にたづさはり来し歳月は宝 伝統に新感覚に求めつつ今の世のさま詠みつがむとす 詠みぶりは古しといへど芯を詠む迷ふことなしこの道をゆく 『珠洲の海』の大き功績を知りたればこころある人に慎み贈る
「新アララギ」第二十六回全国歌会は、前回と同じ東京都江東区の 都立清澄庭園大正記念館において、「令和七年七月五.六日の両日に 開催されました。 (参加者五十二名) 参加者全員の投票により次の方々が「全国歌会賞」を受賞されました。 「天賞」 船橋恵津子氏 思ひ出は廻る季節に淘汰され君は大きな月となりたり 「地賞」 片岡 和代氏 確かなる死を前にしてニュースには「救出」といふやさしき言葉 「人賞」 鶴見 輝子氏 震洋の基地へ続くか手掘りせしトンネルの先に海の輝く 房総鵜原 当日はHP出身の方々と、担当者の方々、能美からいらした小田利文氏 と和やかに顔合わせをいたしました。来年も多くの方々とお会いできるのを 楽しみにしております。
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