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おかへりなさい油井亀美也さん 渋沢たまき 宇宙より光の玉となりて帰る君と再びつくばにまみゆ 宇宙なる日々は心を富ませしか君の瞳の輝きは増す この星を「はかなきわが家」と君は言ふ表情やさしくその言葉響く 色乏しき宇宙船より眺むれば美しといふ砂漠の色は 大気圏の向うに行けぬわが前に広がる宇宙君のことばは
「広島県の歌人」 街を彷徨ふ 河本みや子 「燃ゆる街を義父につれられ彷徨ひし」と先輩は語る広島を知らぬ吾に 「この神社の大木のやうに強くなれ」と父は幼き吾に言ひにき 母親を看つづけ最後の時までを養ひ世話せし父は尊し 定年の六十五歳の来る夫は「淋し」と言はぬ昭和気質にて 「生きてゆくは苦しいことが多いです」母の言葉を噛みしめ生きる 被爆者 小林久美子 原爆に崩れし瓦礫の中に建つバラック校舎に吾ら学びき ケロイドの残る友が呟きぬピカドンは恐ろし兄を殺しぬ 日日映るウクライナにつづく戦ひは戦火の恐怖を思ひ出させる 久々に訪れし平和公園の外国人の多さにたぢろぐ 被爆者の母の歳越えこの年も母の知らざる生を活き継ぐ 夏されば 米安 幸子 生るる吾に絹の産着を縫ひし叔母 新婚にして被爆し果てぬ 衣紋掛けの産着の下に正座して睦ちゃんと呼びかけてゐし母よ 被曝せし叔母の遺骨の無きことを夏されば心傷めてありき もろびとの讃ふる九条それよりも核の傘とや世界が訝る 安上がりといふ核武装より守りこし非核三原則の遵守を願ふ 命尊し 水野 康幸 桜咲く下に少女ら写真撮り原爆ドームも華やぎて見ゆ 「しんしんと泉のように除夜の鐘」小学生の吾が句を父は褒めにき 建築の労働者らはカープの選手見て「奴らは遊んで暮らす」と言ひぬ 吐息を大きくつきつつ祖父の死にゆくも大変と思ひき幼き吾は 今朝もまた目覚め目が見え手が動く生かされてある命尊し
「忘れないために」 高速増殖炉もんじゅ 鶴見 輝子 ・十五戸の豊かさを願ひ受け容れし「もんじゅ」か今は静もるドーム (要旨) 敦賀半島の北端の小さな集落に巨額プロジェクト「高速増殖炉もんじゅ」は1995年の 運転開始よりトラブルが続き、2016年に廃炉が決定した。2024年に筆者が訪れた時、 半島の先端に「もんじゅ」のドームが現れた。制御の難しい原子力に依存する人類の悲しさ を筆者は思った。 文月作品集 雉の声 関 貴与 夏兆す海辺の家の庭隅の蕗刈り居れば雉の声する 雉の声聞こゆるのみの静もりに蕗を刈り取る汗を垂れつつ 頬かむりに五月の光避けながら蕗を刈り取る嫁が束ねる 持ち帰れば手間暇かかるといふ倅に炊くのは我と覚悟言ひたり 山ほどの蕗の皮むき茹で溢す疲れ果てたり五月の休みは 横山季由歌集『今年こそ』の「著者近詠 作品10首」 ふるさと所々 横山 季由 車の窓に顔押しつけてふるさとの移ろふ景色見つつし来たり 老いし父母を助けて田に立ち山に行きし小学生われも齢老いたり 屋根瓦色褪せ古びし吾が生家住む者をらず廃れゆくなり 牛を飼ひ鶏(とり)を飼ひたる小屋ありし生家の裏庭巡りゆきたり 父逝きて四十六年かこの家に吾が手を握り逝きにしものを 長兄(あに)を経て甥の継ぎたる吾が生家わが帰るべき所にあらず 逝く前に長兄の建て替へ眠る墓今も御影石輝きて立つ 妻と娘と孫娘三代丘の上(へ)の生家の墓の草を引きをり 天平四年林聖上人創建の生家の菩提寺に次兄(あに)の墓あり 妻と吾の生前戒名を授かりし為廣和尚は施設にいます
「忘れないために」 高速増殖炉もんじゅ 鶴見 輝子 ・十五戸の豊かさを願ひ受け容れし「もんじゅ」か今は静もるドーム (要旨) 敦賀半島の北端の小さな集落に巨額プロジェクト「高速増殖炉もんじゅ」は1995年 の運転開始よりトラブルが続き、2016年に廃炉が決定した。2024年に筆者が訪 れた時、半島の先端に「もんじゅ」のドームが現れた。制御の難しい原子力に依存する 人類の悲しさを筆者は思った。 「文月作品集」 雉の声 関 貴代 夏兆す海辺の家の庭隅の蕗刈り居れば雉の声する 雉の声聞こゆるのみの静もりに蕗を刈り取る汗を垂れつつ 頬かむりに五月の光避けながら蕗を刈り取る嫁が束ねる 持ち帰れば手間暇かかるといふ倅に炊くのは我と覚悟言ひたり 山ほどの蕗の皮むき茹で溢す疲れ果てたり五月の休みは 横山季由歌集『今年こそ』の「著者近詠 作品10首」 ふるさと所々 横山 季由 車の窓に顔押しつけてふるさとの移ろふ景色見つつし来たり 老いし父母を助けて田に立ち山に行きし小学生われも齢老いたり 屋根瓦色褪せ古びし吾が生家住む者をらず廃れゆくなり 牛を飼ひ鶏(とり)を飼ひたる小屋ありし生家の裏庭巡りゆきたり 父逝きて四十六年かこの家に吾が手を握り逝きにしものを 長兄(あに)を経て甥の継ぎたる吾が生家わが帰るべき所にあらず 逝く前に長兄の建て替へ眠る墓今も御影石輝きて立つ 妻と娘と孫娘三代丘の上(へ)の生家の墓の草を引きをり 天平四年林聖上人創建の生家の菩提寺に次兄(あに)の墓あり 妻と吾の生前戒名を授かりし為廣和尚は施設にいます
北海道の歌人 茨戸川 阿知良光治(北海道アララギ編集発行人) ふくらみて真鴨相寄る茨戸川冬の近づく冷えまさる朝 雉が来て北狐来るこの川辺今年の雪は昨年より早し 日没の早き川面は暗みつつ遠近感の失せて冬くる 川の面に霧立ち込めて風寒し白鷺一羽岸に動かず 石狩の川へと注ぐ茨戸川降る雪集め豊かな流れ 北国に住む 山県 庸美 束ねたる黄色き小菊に虻つどひ北国の冬はすでに近づく 函館の西波止場の歌会にて次々署名賜りし歌集九冊 吉田正俊先生 北に住むわれなれば出でゆくも適はざり栗木京子氏に会へる何とハッピー 日の出五時日の入り六時半の空模様北国も春やうやく明るし 四方雪に埋もれる中に住む大寒越えれば春が来る来る
ベランダの風 内田 弘 路地裏のコスモス群れて枯れている北十条は夕暮れて行く ベランダの小松菜のプランターに潜みつつ蜘蛛は糸を巡らす ベランダの零れし米に来る雀が伸び行く陽に春を待ちいる ベランダの朝顔の棚を揺らしつつ意思もつ如く風は巻きたり シャツのみが吊るされているベランダに一陣の風が過ぎつつ温む かたち良く抜け殻残し変身する蝉の飛翔を思うたまゆら 樺太の鴉がベランダを見下ろして柵に止まりて吾を威嚇す ビルの間より正午のサイレン響き来て不意なる音の生々しけれ 同じ方向に布団を干しいるマンションの窓ひとつひとつに人生がある アサガオの百は今朝もみずみずしベランダに吹く風の薫(かお)りて 朝顔を愛でつつベランダに連想の如く死後の行先を思う 金星の位置を確かめてベランダに裸足のままに出れば 春
卯月作品集 鴎外のお妾さん 雁部 貞夫 鴎外に持たせし妾は旧四ツ木村の某女なり若き日わが父声ひそめ言ひき 鴎外に傷付けぬやうその祖母も母も「性」のピンチをきり抜けしかな 吾が友は木下川薬師の住持にて鴎外のことは何も知らずと 荒川の開削により村半分東の葛飾に移り来しとぞ 吾が友は鴎外研究の専門家四ツ木の妾の存在今知りたりと
東日本大震災から15年〜いまの思いを詠う〜 原発禍の地 吉田 信雄(福島県いわき市) わが住むは避難せし街ふるさとは遠きにありて原発禍の地 床に就き目蓋閉ぢれば田畑(でんぱた)や森が浮かびぬ逐はれし郷の 教へし子や元同僚に助けられこの避難地に生きむと決めぬ エッセイ(要旨) ほんの数日の積りだった避難が十五年になる。いわきでは若い頃高校教師をしていたので、当時の同僚や生徒さんに 大いに助けられ感謝にたえない。卒寿を迎えるが、この地に生を終えるつもりだ。 烏兎怱々 今野 金哉(福島県福島市) 核被災十と五年が経ちたるか烏兎怱々を思ひつつ老ゆ 十五年被曝補償のあらざれば東電憎みつつ死にゆく吾か DEBRIS(デブリ)除去に新工法を検討と言へども着手の時期を示さず エッセイ(要旨) 大震災から十五年、烏兎怱々(光陰矢の如し)である。除染のためにと頼まれて伐採した果樹の損害補償もなされず、 東電を憎み老いてゆく己が哀れだ。原子炉内にデブリがまだ880トンも残り、廃炉が遅々として進まない。
福島県の歌人 弔辞 穴澤 盛之 不自由な目の助けにと蕎麦台を自ら黒く染むるこだはり 見えぬ目と聞こえぬ耳にあらがはず流るるやうな蕎麦打ちたりき 蕎麦打ちの矜持なりしか目も耳も不自由なれど諦めぬのは 「新易(しんえ)さん」親しみこめて名前呼ぶ作務衣姿の遺影の前に 蕎麦打ちの作務衣姿がよく似合ふ遺影を前に弔辞読むとは 原発禍 吉田 信雄 ゆくりなく原発禍の郷思ひ出づ夜空の星を見上げてをれば ふるさとは汚染土の下団扇手に盆踊りせし日も遥けくなりぬ 原発禍に帰れずなりしふるさとのわれらが生家の写し絵掲ぐ 原発事故は未だ終はらず除染あり廃炉作業あり除染土処理あり 気がつけば家族も郷の人もみな離ればなれの原発難民
カンボジア復興支援 今野 金哉 カンボジア支援をライフワークとし十一度目の現地訪問 NPО法人「ハート・オブ・ゴールド」を設立よりの二十七年 代表の有森裕子を援けつつ何時しか経てる二十七年 「ために」より「ともに」の心胸にして復興支援続けて来たり トゥールスレン虐殺博物館訪ひてポル・ポト時代の悪夢回顧す 百万人はた二百万とも伝ふポル・ポト時代の無辜の犠牲者 無邪気なる少年たちの写し絵を処刑の証として展示す ドクロにてカンボジア地図模(かたど)りて見学者にも敢へて見せしむ 内戦の傷跡あまた見せしめて平和訴ふるプノンペンの街 苛烈かつ不条理粛清此処にあり四人に一人ほどの虐殺 拷問に用ひし種々の器具飾る水責めの壺はた爪抜きペンチ 拷問のシーンの写真はた道具髑髏(されかうべ)をもあまた見せしむ
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