新アララギ通信

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【203】【202】の続き
2026/2/15(日)01:00 - 小松 昶 () 削除

特集:震災15年、歌10首とエッセイ(要旨)
 
   「原発事故より十五年」 吉田信雄

原発禍に壊れし町は夏の日に光りてゐたり野の花揺れて
一時帰宅に完全防護服まとひつつ共なる妻の表情固し
帰り得るなどゆめ思はれず原発の瓦礫化したる建屋を見るに
夥しきタンクは敷地を埋めつくし汚染の水を地に海に垂る
汚染物の貯蔵地となる運命(さだめ)もち泡立草のなかなるわが家
墓じまひはた家じまひ強ひられてふるさとはいま廃棄物置き場
原発の事故に潰えぬ四世代ともに住みゐしふるさとの日々
避難地に同郷の会あり黙&#31153;に怒り静かに広ごりてゆく
原発の予期せぬ事故に図らずも故郷逐はれてああ十五年
訪ひ来たる孫子とともに元日を迎へしわれらにいや重け吉事

「〇・九グラム」 吉田信雄
 原発事故の日、ほんの二、三日の気持ちで避難バスに乗って、帰れぬままに十五年が過ぎた。
 周辺の十六万人が避難し、今なお二万四千人が帰れないままだ。立派な建物が建ち、よそ目
 には復興は進んでいると思われているが、定住するのは事故前の1〜2割で、他所からの通
 いが殆どだ。私の家は核廃棄物の中間貯蔵地内にあり、ピラミッドの台座のような汚染土の
 下である。廃炉作業は、焼け落ちた燃料デブリ八八0トンのうち摘出できたのはいまだ
 0・九グラム、気が遠くなる。事故が起きない保証はないのに、全国的な原発再稼働の流れ
 は心配だ。ふるさとを偲びながら今日も避難地にひと日を終えるのだ。

【202】本誌編集委員 今野金哉氏、会員 吉田信雄氏の歌と文、「現代短歌113号」
2026/2/15(日)00:51 - 小松 昶 () 削除

特集:震災15年、歌10首とエッセイ(要旨、掲載順、)
 
   露往霜来    今野金哉
 核災は海を汚して畑汚し多くの無辜の人殺めたり
 核事故の被害補償の未だなく十と四年の露往霜来
 為政者は大震災を忘れしか「喉元通れば」の諺どほり
 十四年に十数人の就任か復興大臣の名前も知らず
 被爆して十四年目の畑に来て汗にまみれて夏草を刈る
 汚染土の行方決まらぬままにして原発再稼働の進める
 大量の汚染土行き場決まらずに最終処分となるを危惧する
 イノシシと熊とハコモノ増えゆきて帰還者増えぬ核事故の町
 被爆せし畑に立ちてわが生の終着点を思ひて悔し
 嗚呼けふは七十七歳の誕生日収入ゼロの稼穡に忙し

   果樹伐採  今野金哉 (要旨)
 あの悪夢から15年、この国は本当に法治国家かと思うことしきりだ。被曝により農業収入
 はほぼゼロになった。畑が住宅地に近く、除染のために、要請により大方の果樹を伐採した
 が、補償を請求した東電からは「補償はできない」の一点張り、政治家も耳を傾けない。
 被災地の辛苦をよそに原発再稼働が進むが、現在も二万人以上が帰還できないのだ。夥しい
 汚染土が「中間貯蔵地」とされて積まれたままだ。行き場がなくいずれ最終処分地となるこ
 とを危惧している。

【201】本誌会員、渋沢たまき氏、歌集評 「うた新聞」1月号
2026/2/15(日)00:43 - 小松 昶 () 削除

  細貝恵子歌集『朝のひかり』を読む (要旨)
 「いきものへの深いまなざし」  渋沢 たまき
  旅と山登りを日常とする作者の自然の中の実体験を詠む。
・強弱の息継ぐごとき強風がいただきへ進むわれらを阻む
  注目すべきは過酷な環境下に生きるものへの深い共感だ。
・をりをりの波に離れて相寄れる烏賊のつがひを海にみまもる
・海底の黒きなまこをのせる手にひとつの命のかたちを感ず
  大自然に触れる機会の少ない現代社会の我々も、生きる力の
  片鱗に触れることができよう。

【200】本誌会員、砂山信一氏 「私の暮らすまち」うた新聞1月号
2026/2/11(水)15:33 - 小松 昶 () 削除

「海に囲まれたまち-石川県珠洲市」(要旨)
能登半島の先端の珠洲市は漁業が盛んだが、南部の内浦は穏やかで、役所や病院、田畑がある。
高照寺の「倒(さかさ)杉」は樹齢九百年を超え、枝が長く垂れて壮観、度々の地震にも耐えて
きた。2024年元旦の能登地震の震源は外浦の高屋付近であるが、もしここに(建設反対運動が負
けて)原発ができていれば、被害は甚大であったろう。珠洲では十六世紀から塩田の製塩が盛
んで、「砂取節」は哀切で身に迫る。
・久々に海を見に来し我が前に雉現れて背伸びして鳴く

【199】本誌選者・編集長 今野英山氏、「うたのヒント」現代短歌新聞1月号
2026/2/4(水)00:09 - 小松 昶 () 削除

   「1月のうたのヒント」(抜粋、要約)
  一月と言えば雑煮やおせち料理がつきもの。
・あら玉の年の始と豊御酒の屠蘇に酔ひにき病いゆがに (子規)
  病の床での作、屠蘇に酔って病が癒えたようだという。
・白き餅(もちひ)われは呑みこむ愛染(あいぜん)も私ならずと今しおもはむ
                                 (茂吉、『霜』)
  東北人茂吉は餅が大好きで、食欲も煩悩も決して単にわたくし事でなく自然の摂理だと
  いうのが茂吉らしい。
・この年は我が身の老いにつまされて古鶏(ふるとり)を雑煮に食はむと思はず 
                               (文明、『続青南集』)
  七十歳の正月。年齢を感じる事があったのだろう。雑煮の古鶏にも哀れを思うのである。

【198】「現代短歌新聞」12月号 アンソロジー八十代の歌人(後半)
2026/1/8(木)23:07 - 小松 昶 () 削除

アンソロジー 八十代の歌人 (掲載順、後半)
   金子 侑司    母と妻と姉
 木犀の匂へる朝吾の名を呼びつつ母の来るがに思ふ
 青葉暗き門に見送る母逝きてその姿さへ遠くなりたり
 砂山に日が射せば砂に影を引く合歓の裸木が寒々として
 朝餉喰ふ光の中にかたはらの妻の睫毛の白きが見ゆる
 九十三歳の姉は手を振り変はりはて車椅子に乗りわれを迎へぬ

   米安 幸子    哀 哀
 たんたんと心おさへて詠ひます終のわかれの一連六首    倉林美千子氏挽歌
 み命の際まで確かにことばもて心通はせ逝きまししかな
 みうた載るページ見開くままにわが読みて唱へてやうやく覚ゆ
 従ひゆきしかの春の日を懐かしむわれら三人にかなしき挽歌
 亡き方の揮毫たまひし『風の賦』を忝(かたじけな)みつつ大切に持つ

   皇  邦子    歌集『居其可在處(そのあるべきところにゐよ)』以後
 光とも標ともなりてわれを照らす長与善郎(ながよ)の書幅「居其可在處」
 棚田三枚に咲き満つる秋桜(コスモス)わが記憶の記憶の初めは疎開児の友と植ゑし日
 賜物のワイン名は「すめらぎ」娘ら継がず消えゆく姓かとにはかに惜しむ
 ペットボトル開けなづむ夫に助太刀す日毎鍛へる主婦吾の手力
 知力体力おとろへあやまつを赦し合ふ老の構へのいつしか身に就く

   清野 八枝    伎芸天
 朝もやにしづむ耳成山(みみなし)遠き代の藤原京の秋を想ひぬ
 朱(あけ)ほのかに衣にのこし遠き日のまま微笑みいます伎芸天女は
 恥ぢらふごと腰ひねり立つ伎芸天の指(および)やはらかに印を結べり
 白き病舎見下ろす丘に秋日さし娘の転院をわが決意せり
 布団被りし母に負はれて生き延びきわが八十年疎かならず

   鶴見 輝子    命のきはに
 荒ぶりてポーズ取る十二神将を掲げて君の一周忌展
 卯神(ばうしん)を女(め)の神に描き妖艶な白き肌(はだへ)は君が企み
 教へ子の押す車椅子に去年の春桜花ゑがきしが最後となりぬ
 君の絵を見つついく度も問ひかける命のきはに思ひしは何
 またひとつ男の狡さが見えて来た二次会に君はいつも歌ひき

【197】本誌会員内田弘氏、編集委員大原清明氏、他5氏の歌「現代短歌新聞」12月号 
2026/1/5(月)00:40 - 小松 昶 () 削除

アンソロジー 八十代の歌人 (掲載順、前半)
   内田 弘    都市の憂鬱
 夕焼の空に飛行機雲が消えゆきて妄想の湧く雪は降りつつ
 側溝の汚れの中に朽ち葉溜まり夕暮れ時のビル裏の路地
 澄む水の底に夕光が移りゆき創生川は東西を分かちぬ
 変貌を遂げて街が変わり行き朝の光に時計台の鐘の音(ね)
 ビル街を乳白色に染めてゆく札幌の朝は霧に冷え行く

   大原 清明   デイオールの香り
 シャンパンの酔ひにまかせて踊りたるマダムと夜のセーヌ眺むる
 シャンパンに酔ひたるままに肩寄せて夜更け歩みぬセーヌのほとり
 桔梗花を描きし会津絵らふそく灯して異国の君を偲びぬ
 すれちがふ紅きドレスの甘き香は確かディオール君思ひ出づ
 葡萄酒のよどむ紅さを飲みほして言の葉ひとつ忘れむとせり
   
   岡田 公代   蘭の香り
 なほるまで診るよと手術せし君の在りて今日在りわれの命は
 ここにあらたに人等診る君待合室にうすむらさきの欄が香れり
 新しき診察室に画像見つつ完全に癒えしわが腎を言ふ
 友のギターに合せて唄ふ西条八十の作詞美しき「越後獅子の唄」
 ケアホームの窓に仰げり十月六日の空に雲なくかがやける月

 

【196】本誌会員 関 貴与氏「うたとの出会い」「うた新聞8月号」
2025/12/30(火)14:32 - 小松 昶 () 削除

「うたとの出会い」要旨
夫と経営してきた会社を閉じたとき、少女の頃に短歌を詠んだこともあり、アララギ会員の友について東京歌会に行った。すると、かねてより興味のあった土屋文明先生がそこに実在し、二百人ほどの会員の選歌を一人でされていた。いつかアララギで歌を、と思ううち夫が亡くなったが、その侘しさを埋めてくれたのが「新アララギ」であった。夫亡くて十八年、日記のように歌を詠み楽しんでいる。

【195】注:
2025/12/17(水)18:11 - 小松 昶 () 削除

この「エッセイ」は新聞掲載の要約です。

【194】本誌編集委員 横山季由氏のエッセイ、「うた新聞11月号」
2025/12/17(水)18:05 - 小松 昶 () 削除

『土屋文明全歌集』―歌の宝庫   横山 季由
 補遺を含め、12、345首が収めてある。知的で即物的、散文的に詠むときは『山谷集』『六月風』
『小安集』など、抒情的な歌では『ふゆくさ』や晩年の作、「生活即短歌」の生活詠は『山下水』『自流泉』等
が参考になろう。『六月集』から『韮菁集』は写生説の実践で、現実主義に基づく社会詠が鏤められている。
これはアララギの系譜に繋がる人らの説を整理し直し、アララギの主張として完成させたものだ。更に
『万葉集私注』全二十巻からも多くのヒントを得られる。また、万葉植物等、植物にも造詣が深く、植物詠を
なす時の助けになった。百歳まで生活詠を続けたので、これから老後を迎えるにあたり参考になろう。
 この全歌集はまさに歌の宝庫だ。

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