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雁部氏の歌の数字部分は 「悼」の旧字体、倉林氏のは「蝉」の旧字体です。
特集 わたしの八月十五日 掲載順 平成二十八年八月十五日東京にて 雁部 貞夫 憲法軽視の明らさまなる指導者を選ぶといふかナチスのごとく 敗戦も原発事故も省みず庶民の「英知」またまた不発 お言葉は淡々として短かり象徴論議のかしましきのち 「海の日」も「山の日」もある国にして休日ならず終戦の日は 黙禱ののちの己は何なさむとにかく剃るべしこの無精髭 蟬の声 倉林美千子 何の音も遠くなりふらふら並びゐき栄養失調児われ五年生の夏 分教場の庭は湧きたつ蟬の声玉音放送には多き雑音 玉音放送半ばに泣きくづれし先生を学童疎開児われら目守(まも)りき 布団抱きて二階より庭に飛び降りよ森に隠れよの訓練せりき 東京空襲気になれど先生はここに居る親の迎へを待てと言はれき 同い年 米安 幸子 「折りづるの少女」とわたし同い年父母との疎開に惨状まぬがる 核廃絶戦争反対の念ひのみにドーム遺産化の署名集めき 悼 民喜の甥時彦氏二首 迫りくる熱き爆風から逃げのびし民喜のひと日を君と辿りつ 『夏の花』の手帳(ノート)をまもり平和共存を願ひつづけて果つ 核を用ひず平和共存を打ち立たばトランプあなたにノーベル賞を 思ひ出すこと 鶴見 輝子 終戦の記念日にして音立てて降りしきる雨 終日止まず 東京を焼く火の色が下館(しもだて)の夜空に映えし二歳の記憶 辻君は辻政信の子なんだよ転校生われに友 耳打ちす 防空壕 口あけてゐし小学校「原爆の子」を連れられて見き 学童の読み上ぐる平和への誓ひ わけても今日は胸に沁み入る
ひと回り 倉林美千子 放置されし屋上歌壇を埋めつくし雀の豌豆忙(せは)しく震ふ ドッグランにドッグは居らず開(あ)かずの玻璃(はり)抜け来て風の響(とよ)みを聞きぬ 九十歳(くじふ)にして独りとなりし吾と遊べ廃れし花壇の雀の豌豆 をちかへる筈もなけれど風の中野の花挿頭(かざ)しひと回りせり 晴れわたる秩父山系に対ひ立つ夫を育みし古里がある 義兄(あに)の子も出でしまま逝き日だまりに誰も住むなき山家がひとつ かの松も寂しからむか夜ごと夜ごと風を起こしし天狗も去りぬ 勲章も夫の学会に委ねたり蘭に埋もれて「偲ぶ会」過ぐ ミャンマーの少女二首 英語達者日本語も自由車椅子押しゆくプーさんの髪が跳ねてる 内乱もテロもなく人々は優しいと働きてその母を呼ぶとぞ 戦争よりは服従を願ひ生くる国南北大国の脅威に耐へて 日本人は希少民族として生き継ぐか野の花溢るる島の何処かに ハウアーユーと後ろの声にエスゲート(まあまあです)思はずドイツ語となりたるをかし 掌(て)を胸に敬礼せりしボン大(だい)生ライン河辺を夫と行きし日 ボンの外れの骨董屋にて購(あがな)ひしアラジンのランプも置きて去り来ぬ 何もかも子に任せ五十年の家を出でつ桐箪子漆器類雛(ひひな)も如何に 「それで良い」と夫は言ひしが大樹辛夷石灯籠もなき更地とぞ 移り来し町 岩槻は雛工房の町祭り日は女雛男雛が街路に積まる 城下町の名残りの行列鷹匠が籠手(こて)に鷹乗せ得意気にゆく 探し当てし町の小さき郵便局屋根も幟も夕焼の中
「農の現在、今の思いを詠う」 高齢化 今野 金哉 今にして先の見えざる農業に苦悩と怒り尽きることなし 高齢者多きわが村農を継ぐ者もなく田に葛の蔓延る 被曝して帰還できざる集落の田にも畑にも繁る荒草 コメント(要約):農業従事者と耕作地の減少、高米価など、政策の失敗だろう。 安定した収入、労働の軽減などが必要だ。
山口県の歌人 命 岡田 公代 集中治療室にうとうとと居て聞く声は父の声かも生きよと言ひぬ 命危ふき病にあれどなほるまで僕が診るよと若き医師言ひぬ 「無事に済みました」の声に目ざめぬ九十分の全身麻酔の手術一瞬 わが命を救ひくれたる医師君はソウルメイトか癒えて今日会ふ 明らかに癒えて一年海峡の五月の波のかがやきを見る
異形細胞なだめすかして一年か平均寿命いまだ遥けし 三人子(みたりご)の誕生入学卒業に立ち会ふことなく吾が働けり 吾と暮らし幸せなのかと問へぬままいつしか四十三年の過ぐ 北欧風木造の築百二十年女子大の頂塔りんと澄ませり 装飾際立つ「百年ピアノ」に学生は全身あづけ「悲愴」響かす 樹齢千年福島三春の滝桜その苗大和(やまと)に四十年根付く 茜より紫に移る空の果て高くけぶれる金剛の山
今野英山歌集『ランドスケープ』 第27回島木赤彦文学賞 受賞 木造の家屋と古代の遺跡との狭きをかすめてトラム駆け抜く 吐く息の安らになりてつひの息ひとつ吐き終へ母逝きたまふ 藪がらし、どくだみ、すぎな根をはりて地下の覇権を争ふやから 枯山水は常識やぶりのヌーベルバーグ思ふがままに自由に詠へ 幼児らは遠巻きしつつ隅にゐるパークゴルフに日々占められて わが孫の月満ちまさに生(あ)れむとす九天四海をその身に秘めて 一直線に突つこみしばし叩(はた)かれる潔きかな柏戸剛
水無月作品集 暇つぶし 立野 明子 人生は暇つぶしといふ言(げん)よぎりつつ春めく空を眺めてゐたり 病む君に寄り添ひ励まし語りあふおもひ切なきわが暇つぶし 何となく腑に落ちてゐる人生は暇をつぶして死に逝くものと 丁寧に日々是好日と暇つぶす老いゆく生命の尊さ見つめて 人生の暇つぶしこそ楽しかり君に恋して娘(こ)らを愛して
卯月作品集 みちのく雪景色 大原 清明 冬枯れの落葉松林うつすらと白く包みて雪の降りつぐ 湖の畔の酒蔵を訪ね来て一献利かむ雪の夕べに 雪まじる夜風に揺るる樅の木は恋に悶ゆる女のごとし 雲間より月あらはれて雪積みし野辺はたちまち銀の原 春の雪ふりつぐ夜は酒酌みて旅の炉端に媼と語る
神奈川県の歌人 またしても 大窪 和子 世界に起こる現実をまともに認め得ぬボスの居る国アメリカどうなる 支持率下がり不支持上がるは必定なり何故に人らは彼を選びし またしても大国の意に弄ばるるウクライナの民の怒り悲しみ 外交にも仕事着貫くその思ひゼレンスキー大統領の姿肯ふ 在りし日のまま歩める夫を夢に見し夜の明けにして力湧きくる ピアニスト小雨さん 加藤 民人 小雨さんカバー写真は雪の中制服姿にてシルエット残す 白きYAMAHAの鍵盤に色白の頬つけて例へばショパンの子犬のワルツ 粉雪を舞ひ散らせながら白きオコジョ跳ねゐるところ一瞬捉ふ 学校の廊下を背にして小雨さん凭れ掛かれり明るめるなか もし小雨さんがラ・カンパネラを弾くならばあのフジコ・ヘミングと競べられよう
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