(2025年11月) < *印 旧仮名遣い >
清野 八枝(新アララギ HP運営委員)
秀作
○
ふで
その果ては暗黒宇宙があるばかりただ澄みゆける空の寂しさ
一瞬の夕焼けにも似て
金紅
(
きんくれない
)
の
紅葉
(
もみじ
)
燃え立つ照葉峡谷
見はるかす荒川を越え灰色の空まで続く東京の街
評)
前:添削なしで完成とした。青く澄み切った空の奥は果てしない暗黒の宇宙空間であると思うと、孤独な地球と自身の存在が重なりしんとした寂しさを感じる作者。一首の透明感が心に響く。中:「金紅の紅葉燃え立つ」が初句二句と呼応して鮮やかな紅葉の印象を詠み強いインパクトを与える。後:「灰色の空」が気象だけではない大都会の抱える暗さをも暗示しているようだ。
○
つくし
鬼怒川に奇岩怪石立ち並ぶ二千万年の自然の驚異よ
龍に見立てしコバルトブルーの鬼怒川が
紅葉
(
もみじ
)
の龍王峡に輝く
待つことの度重なりし鬼怒川線時の流れが緩やかになる
評)
前:二千万年の時を経て怪奇な姿となった岩石に驚き自然のなせる業への感動を詠む。結句のまとめが良い。中:蛇行する鬼怒川を龍に見立てた龍王峡の美しい水の色と紅葉の色の対比を鮮やかに描き出した。後:ローカル線の緩やかな時の流れにいつしか心癒される作者の姿が浮かんでくる。
○
湯湯婆
恐ろしげな
神鳥
(
ガルダ
)
の石像ならぶ寺お供えの米ついばむ鳥たち
厳かな聖者の火入れに夜の寺古代のかけ声ケチャの始まる
評)
前:ヒンドゥー教の神である恐ろしい巨鳥の像がならぶバリ島の珍しい寺の様子である。対照的に捉えられた小鳥たちが面白い。後:夜の寺で厳かな儀式に始まるケチャの祭り。印象に残る珍しい体験をされたと思うが、内容が多く、一首にまとめるのは難しかったと思う。よく推敲を重ねて仕上げることができた。
○
鈴木 英一 *
函館山からの夜景に息をのむ湾曲に沿ふ灯の耀きに
小島浮かぶ大沼公園の水辺からたをやかに広がる駒ヶ岳見ゆ
評)
前:誰もが知る函館の夜景の素晴らしさを上の句でしっかり表現し、下の句は推敲を重ねて、印象的な街の灯の輝きを見事に表現した。後:大沼公園の水辺から見上げた駒ヶ岳ののびやかな風景が美しく描き出されている。「たおやか」は旧仮名遣いでは「たをやか」で優雅な山容を表現している。
○
原田 好美
稲の穂が見渡すかぎり頭垂れ豊作なりと心の弾む
表年とて甘柿五ついただきぬデイケアに会う陽気な友に
(富士山の初冠雪輝きてふもとわれら喜び交わす)
評)
前:今年の前半は米不足で不安が広がったが、新米は豊作であるという。広々とした稲田に豊作を確信する作者の喜びが伝わってくる。後:今年は生り年だからと貰った甘柿。陽気な友との交流の様子が想像されて楽しい。なお、(富士山の、、、)の
歌には大切な「の」が抜けて意味が伝わらない。必要のない「の」の多用を戒めることはあるが、必要な所にはきちんと「の」を用いること。
「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」正岡子規の歌ですが「の」によってしらべが滑らかに優しくなっていますね。
○
夢子
卒寿のわれ七十路の君と健やかにあと十年は生きてみようか
コカコーラ四、五本は飲む君と居て朝な夕なに六杯の
白湯
(
さゆ
)
評)
前:作者は卒寿というが、その行動力、好奇心、意欲的な生き方に驚き感心させられる。若いパートナーと健やかにあと十年は、という作者に拍手をおくり、励まされる我々である。
後:パートナーはコーラを作者は白湯を、という対照が面白い。
佳作
○
紅葉
停車する屋根に聞こえる雨の音人出の少ない日曜となる
始めから終わりまで見る大谷にはや秋の陽は傾き始める
評)
前:電車の屋根をたたく雨の音と車内にもホームにも人のまばらな日曜日の珍しい感じを詠む。後:大谷をたっぷり堪能した満足感が伝わる。二首とも内容がやや軽くて残念に思うので、次回に期待したい。
○
砂川武義
果たすべき約束を胸に父と住む母なき家の灯をともす夜
評)
初めての投稿で二首であったが、良い歌なので佳作とした。母との約束を胸に父を守って生きる作者の覚悟と日々の暮らしの温もりが感じられ胸を打たれる。次回も是非お出し下さい。お待ちしています。
●
寸言
ウクライナの納得できる和平案は出来上がるのでしょうか。ガザにパレスチナに平和の訪れる日はいつなのでしょうか。そして日本と中国がお互いをリスペクトしつつ交渉してゆくことは可能なのでしょうか。人々が心の底から平和を望んでいるのに、紛争の絶えない世界の現実に胸の痛むばかりです。紛争に苦しむ人々の上に一日も早く平和が戻りますように祈っています。
今月は、秋をテーマに季節感のあふれる歌を皆さんから寄せられて、共感しながらコメントさせて頂きました。小さなヒントに夫々が苦心して推敲されて、良い歌に仕上がったと思います。音数に合う言葉、表現を工夫すること、多すぎる内容を整理して、焦点を考えることなど、これからの参考にして、調べの良い、心地よく読者の心に伝わる歌の表現を学んでゆきましょう。次回も楽しみにしています。良い歌をお待ちしています。
清野 八枝 (新アララギ HP運営委員)
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