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無名のひと矢口賢三
全く無名の人、矢口賢三氏とその歌について紹介したい。
彼は、呉の短歌会に1〜2回参加したことがあるのみで、アララギに投稿したことも無いのではないかと、思われる。私の父の友人だった。氏は若くして妻を失い、生涯を日雇い労務者として、男手ひとつで苦労して子を育てた。妻は行商人だった人で、野呂山の道を廻って家に帰って来る歌を矢口氏は詠んでいる。
歌六首
・耳立つればかすか聞ゆるこほろぎは関帝廟の砌なるべし
・炬燵より飯櫃出してくれし妻よ死にすれば思ふよきところのみ
・東の野呂嶺のみちの遠見ゆる日暮れは妻の帰るかと思ふ
・焼きつなし紙に包みてさげ持てるわれの一生は富むことなけむ
・しづかなる光は天につらなりてすがしくもあるか草原の上
・新しく紙はりかへし障子戸の中に起き伏す老いもまたたぬし
歌人ではないが、矢口賢三のように全く学歴が無く、日雇い労務者として生涯を過ごした人でも優れた歌を残しており、万葉集の例を出すまでもなく、あらためて歌は平等であることに、その優れた特性があることを感じざるを得ない。 |