作品紹介
 
選者の歌
(令和8年3月号) 
 
    東 京 雁部 貞夫
  マニラ産葉巻の封切ると記す「私注」を終へし安らぎの歌
歌の会半ばに窓開けひと休み土屋先生葉巻吸ふとぞ
 
    さいたま 倉林 美千子
  木通あけびぜし絵を手に執れば身に迫る信濃の山の湿りし匂ひ
夫は逝き施設に為すなき吾なれどある日立ち直る友あり生きむ
 
    柏 今野 英山
  半数が中学受験の世の中に夏休みの楽しみ二度とはこない
遊ぶことの楽しみわからぬ寂しさよ学童に始まり定年後あらはに
 
    横 浜 大窪 和子
  ビルの間に夕日隠るる瞬間に取り込み得たりけふの乾しもの
サッカー競技W杯の組合はせ深夜に醒めて二時間付き合ふ
 
    札 幌 阿知良 光治
  鰊漬持ち来てくれし弟と亡き母語る妻の命日
弟に持たせし吾が家の林檎の礼「蜜入り林檎」と喜びのメール
 
    神 戸 谷 夏井
  衝突を案づるほどに船舶の多く往き来する関門海峡
九州にはやも馴染みて子は指を差す赤間神社壇ノ浦と
 
 
運営委員の歌
 
    能 美 小田 利文
  山を削りメガソーラーにて儲けゐる業者には課せよ熊対策を
タイヤ交換待ちゐる間にと持ちて来し小説『ノボさん』読み果せたり
 
    生 駒 小松 昶
  トランプよノーベル賞をねだるがよいウクライナとガザを平和にするなら
聖武帝の理想を綴る鳥毛屏風「賢・善・明・徳」文字大らかに  正倉院展
 
    東 京 清野 八枝
  五千年の歴史にいたく惹かれしか夫の誘ふ「ラムセス大王展」
三千年の昔に隣国と和平条約結びしラムセス二世の治政を思ふ
 
    広 島 水野 康幸
  言語能力恢復せむと妻の差す絵を見て名を言ふリハビリの日々
緑内障の左目見え難く嘆くとき全盲歌人宮脇武夫を思ふ
 
    島 田 八木 康子
  欲と雪積もれば道を見失ふ目覚めて間なきラジオに聞きぬ
俯瞰すれば喜劇になるのか人生はいつかさういふ日を待つ心
 
 
先人の歌
 

 アララギ、新アララギの選者であり、歌壇にも信奉者の多かった三宅奈緒子(1921〜2016)先生の作品を紹介する。第一歌集『白き坂』より。2007年に上梓された歌集である。

          毛糸巻く
 花野菜買ひ来てスープ煮ることもひとりの奢り今宵たのしも
 毛糸など干したる縁にこともなく来りて君は紅茶飲みゆく
 こともなく帰りゆきしを恋ひながら昏るるまで毛糸巻きかへしゐる
 熱帯魚おきたる卓にまむかへば少年のごときもの言ひをせり
 橋わたりあてなき花見に吾はゆく匂ふ林檎の籠堤げながら
 少女のごと仔犬を追ひて坂くだるひとりの今日を歓びとして
 しらじらと榎の木の花の吹かれ来る縁にしばらくもの濯ぐぎたり


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