作品紹介
 
選者の歌
(令和7年8月号) 
 
    東 京 雁部 貞夫
  入院七日目病院食に慣れたるか「ハーフ軟食」われ完食す
車椅子押しくるるアロンサは比島人マニラ湾の落日のさまなつかしみ言ふ
 
    さいたま 倉林 美千子
  ベッドより見上ぐる雪は黒く降り虚ろなる吾が胸に積みゆく
とりあへず気化して網戸を抜け出さむ夫よ浦和の家へ行き待て
 
    四日市 大井 力
  安保条約交はす相手のいまのいま本質見えくる「ゆすりとたかり」
三月の日暮れにただよふ草のわたどこに着くのか誰も知らない
 
    柏 今野 英山
  枯芝の茫々ひろがる宮跡に千三百年の時がうづもる
水田に形を変えて幾百年民は守りしこの都跡
 
    横 浜 大窪 和子
  癌の治療受けつつ車を運転し芦ノ湖までも来たりし息子
龍は兄の干支なればとて箱根神社九頭龍神社に祈願する妹
 
    札 幌 阿知良 光治
  供へむと今年最後の独活採りて酢味噌きんぴら葉はテぷらに
夕食は牡蠣のフライに独活三昧遺影に伝へて眠りにつきぬ
 
    神 戸 谷 夏井
  西山の端にあはあはと眉月のかかりてかの日のをみなを想ふ
よく食べてよく笑ひゐしをとめごよ何処にありても幸ひなるべし
 
 
運営委員の歌
 
    能 美 小田 利文
  落椿スマホに撮りて引き返す歯の治療終へし子にも見せむか
勤めゐし障害者施設の「さくら」思ひ車椅子押しし道を思へり 桜並木
 
    生 駒 小松 昶
  ひた行けば五分の店に山道を遠回りして三十分ゆく
山の斜りに色鮮やかな山の藤街にく人見ることのなし
 
    東 京 清野 八枝
  職に就けば当分会へぬとうからとのホテル宿泊夫の言ひ出づ
孫と泳ぐホテルのプールに久びさの夫楽しげに水しぶき上ぐ
 
    広 島 水野 康幸
  七十六にて逝きたる父の詠みし歌古きリゲルに載りしを見つく
わが死ねど魂は宇宙の果てにありてその後の地球を見ていたきもの
 
    島 田 八木 康子
  文脈の危ふきメール旧友の二人より来ぬ他人事ならず
八十五年の眠りは深し戦中の万博のチケット使用可となる
 
 
先人の歌
 

 且つてこのホームページでコメンテーターを務めて下さっていた星野清氏、新アララギに作品が載っている間はこのサイトの「選者の歌」に掲載されておりました。しかし一昨年91歳で亡くなられてからはそれも出来なくなりました。そこで今回はその歌集『白嶺』の中から作品を紹介したいと思います。

   『白嶺』から(みどりの谿)  星野 清
 五月雨はみどりの谿に降り止まず水際の草の濡れて明るし
 水楢の下道来れば灯をともしフィルムの自動販売機立つ
 紙を漉く家より落つる濁り水青田のなかの水路染めゆく
 楮の皮積まれし納屋に拾ひたりタイ国よりの荷札のコード
 反対を唱ふる者が老いて欠け進みゆくといふ新都市計画


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