作品紹介
 
選者の歌
(令和8年6月号) 
 
    東 京 雁部 貞夫
  天丼のおまけにそばのサービスかおまけが旨い天布羅よりも
尾張屋の昼餉はすでに満席かいざや一同二階へ上れ
 
    さいたま 倉林 美千子
  祠には北野天満宮とあり手を合はす吾に由緒ゆかりの京の御社みやしろ
赤きに惹かれて誰かまた触れし施設の火事の警報止まず
 
    柏 今野 英山
  沢庵の草屋は静けき地にありて慕ひし人らの安らぐところ 上山春雨庵
村人と沢庵禅師を詠ひたる茂吉の懸額この宿に見る
 
    横 浜 大窪 和子
  核融合にて太陽のやうなエネルギー地球に造る国際プロジェクト
古代ペルシャから長き歴史を持つ国ぞリスペクトせよトランプネタニヤフ
 
    札 幌 阿知良 光治
  命日に活けしカサブランカ開き初め部屋に芳香の広がる朝
芽吹きくる林檎の剪定始めむと仕舞ひ置きたる長靴を出す
 
    神 戸 谷 夏井
  三日間煮込む吾がカレー好評にて夫は鍋抱へ底までさらふ
眼帯を取りて飛び込む照明のなんとも眩しこの世かこれは
 
 
運営委員の歌
 
    能 美 小田 利文
  「パウダーシュガーみたいね」と見惚れし昨夜の雪白き岩となり車窓を覆ふ
「世の王は地獄に落とす」トランプにあらず子の聴くばいきんまんの歌
 
    生 駒 小松 昶
  大多数の議員を擁して質疑応答せず彼らは民主主義をなぎ倒すべく
春浅き川のぼりゆく鯉のあと光の渦が追ひかけてゆく
 
    東 京 清野 八枝
  重層する文化に魅せられ幾たびかアンデス旅せし夫の誘ふ マチュピチュ展
チチカカ湖めぐり航きたる夫の土産「大地の神パチャママ」は素朴な土の人形
 
    広 島 水野 康幸
  十七年前ガンに亡くしし親友の妻君に電話す今日は命日
「死ぬべき時は死ぬがよく」の良寛の言葉思ひて今日も寝むとす
 
    島 田 八木 康子
  人のために力を尽くす夫に似し息子そんなにがんばらんでいいよ
ここにきて光陰早し心だけは歳を取らぬといふも厄介
 
 
先人の歌
 

 今回は三宅奈緒子先生の「エーゲ海行」から「1」と「3」をご紹介いたします。 平成8年(1996年)75歳の秋にエーゲ海やギリシャを訪れた時に詠まれた作品 です。70歳で「アララギ」初の女性選者となり、「新アララギ」創刊後は選者、編集 委員として会員からの尊敬と信頼が厚く寄せられました。先生が歌人であることなど全く知らなかった私の高校生時代の担任で、国語の授業が素晴らしくいつも楽しみでした。

 「エーゲ海行 1」 三宅奈緒子 第四歌集「春の記憶」より

黄落のロンドンよりただに南下して機の下はるかに光るエーゲ海
そらかぎる低き岩山白く照りアテネの街に秋日みちたり
ま昼まの甲板のうへ白き卓に紺のパラソルに人らさざめく
海わたる夫との旅も無かりしと風打つ天幕の下にわがゐる
出でし港も島々も影おぼろとなり流れ流るる碧き海潮

 「エーゲ海行 3」

エーゲ海の小さき島の修道院手すりは朝の露にしめりて
聖ヨハネ修道院の石の階下り来れば海の風が吹き入る
石の階に一人祈禱書をみてゐし若き修道士を思ふ出で来て
丘のみちにレースを編みつつ売る女白き幾枚か岩にひろげて
アクロポリスの白きかがやきを仰ぐまち船下りて朝のアテネに入りぬ
さはやぎてアテネの街路にしげる桑したしみ仰ぎその下をゆく
秋ぞらに立つパルテノン列柱の影は濃しその白き基壇に


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