作品紹介

選者等の歌
(平成24年2月号) < *印 新仮名遣い>


  東 京 佐々木 忠郎

九十の峰一つ越えて安らぐな追ひかけて来る妻の掛けごゑ
来む年は「新アララギ」の良き年ぞ代表の[もと]日本一に


  三 鷹 三宅 奈緒子

老いてよりはるか思ふはわが生母三歳の吾を置きて別れき
こまごまと書きのこしたる母の手記その言葉ながく吾を支へつ


  東 京 吉村 睦人

われと同じ年恰好の老いし人向うでも時々われを見てゐる
忘れ難き思ひ出いくつ就中脚組みマンドリン弾きゐし姿


  奈 良 小谷 稔

年長く頼り来し兄の眠剤は入院とともに禁ぜられたり
眠られぬ夜更け病室にてつぶやける兄の心経も咎められたり


  東 京 雁部 貞夫

先生の病床日誌に吾が名あり「スグニ帰ツタ」とあるは切なし(葛飾立石にて)
家おほひ茂る木立の向うよりかつての御声ひびける如し


  さいたま 倉林 美千子

濡れし落葉香に立つ朝の山道にわが鬱屈の心解けゆく
成るやうになれよと思ふ塩負ひし歩荷もかくして越えて行きけむ


  東 京 實藤 恒子

七日後に迫りしにやうやく仕上げたり書きたるものを削りけづりて
木犀のかをり流れ来るわが部屋に模擬講演をせり一時間


  四日市 大井 力

藪かげの通学の道草履はきし少年のかげうつつにもゆく
移りはげしきふるさとの辻に変らざる榎が孟宗を[]べて立ちたり


  小 山 星野 清

放射能おそれて幼稚園の母親ら古米を探し分かち合ふといふ
放射能をおそれ古米を別釜にて幼のために日ごと炊けるか


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

ウインドーの最も美しきマネキンが毛皮のコートとなりて立冬
眠られず出でしベランダの下の露地ここより明けてゆく暁もある


  取 手 小口 勝次

左手に甲斐駒ヶ岳右手には八ヶ嶺近くふるさとに入る
中央と南の二つのアルプスの狭間を走るは幾年ぶりか


若手会員の歌


  奈 良 上南 裕 *

吾が糸のもつれをほぐしいるうちに兄のバケツにはタナゴ満ちたり


  大 阪 黒木 三都

家に着くその少し前で缶コーヒー傾け空にじつと目をやる


  堺 佃 朋子 *

二十五たびこの日を生きぬそして[]たこの日の夜に帰ることなし


  高 松 藤澤 有紀子 *

誰よりも我と長き時過ごす児らをいつしか見ており母の視線で


  宝 塚 有塚 夢 *

真昼にふと衝撃のように思い出す昨日の夢のあの人の顔




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

Invention[インベンション]弾き終え立てば高窓にするどき三日月ひかり湛えて
鍵盤に置く音一つの深きひびきこの心もて言葉に向かえ


  横 浜 大窪 和子

かすかなるせせらぎのおと風のおと林をかよふ君が籠り処
踏み石の小さき[きだ]あり閉ざされし扉出で入る君のおもかげ


  那須塩原 小田 利文

吾が生命被曝に縮むも止むなしと諦めつつあり日本人われ
木枯しに揺れつつ妖しき獣めく汚染されたる山の紅葉は


  東広島 米安 幸子

さむざむと横たふ黒き雲さへもかがやきてゆく朝のひかりに
鼻腔より酸素補ふ細き声に励ましたまひき歌は抒情と


  島 田 八木 康子

会ひたき人に会へる幸せ綴りたるコラムがしみる震災の後
被災地の瓦礫焼却にいち早く手を挙げしとぞわが島田市も



先人の歌


生井武司の歌  (『紅葉小雪』より)

青芝の上の笑ひのふくよかに苦しみ越えて花を手にゐき
天平の寒さを今に感じゐる人一人ゐて夜の金堂
小学二年の女男のドラネコ・ロックンロール体しなやかに笑む一人あり
盲導犬連れて吾より早く歩む人を見送り風に向へり
子を負へる又手を引ける入りてゆく新しき林の中の図書館
わが古園狭く守るに眼の届く土に木に羽休めて行けよ 

略歴など
1989年11月、74歳にて逝く。栃木県に生まれ、県内の教育に奉職。栃木高等学校校長を定年退職後も、他校の高等学校長など歴任。 短歌の道においては、19歳にて五味保義の指導を受け、21歳「アララギ」入会、土屋文明に師事する。長年、歌誌「はしばみ」を主宰。 『紅葉小雪』は、第五歌集以後から死の直前までの作品をそのまま収めたもの。

                     

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